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神楽歌(日本古典文学全集・国史大辞典・日本大百科全書)
神楽歌次第 まず人長が庭火の前に出てきて、「鳴り高し、鳴り高し」を二回繰り返して言う。次に、「ふるまう、ふるまう」を二回繰り返して言う。そして、「今宵の夜の御神事の役人の長である、左の近衛府の将監、正六位上の某(姓名を言う)がつとめます」
ラグビー(日本大百科全書・世界大百科事典)
正しくはラグビー・フットボールrugby footballといい、楕円形のボールを相手側インゴールに持ち込んで得点を競う球技。一般的に15人制のラグビー・ユニオンをさすが、7人制(セブンズ)、10人制(テンズ)のラグビー・ユニオンやラグビー・リーグ(13人制)もある
債務保証(日本大百科全書・世界大百科事典)
信用力や十分な担保のない個人、法人、団体などが借入れ、物やサービスの購入、不動産の賃借契約を行うときに、その返済や支払いの義務(債務)を、第三者が保証する行為。借入金の返済や、代金、家賃などの支払いができない場合、借り手にかわって第三者である保証人が返済
少年院(日本大百科全書・世界大百科事典・イミダス)
家庭裁判所から少年法の定める保護処分として送致された少年(おおむね12歳以上20歳未満の者。性別は不問)と、刑事施設のかわりに少年院で刑の執行を受ける少年を収容し、矯正教育、社会復帰支援その他の必要な処遇を行う施設。1948年(昭和23)に制定された旧少年院法
アナフィラキシー(岩波 生物学辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
抗原特異的なIgEクラスの抗体を保有している生体に,その抗原が重ねて侵入した場合に起こる即時型過敏反応の一つ.Ⅰ型過敏症反応に属し,モルモットではIgG1クラスの抗体も弱いながら同様の作用をもつ.組織内のマスト細胞や血中の好塩基球は
国連アジア極東犯罪防止研修所(日本大百科全書)
国際連合と日本国政府との間の協定に基づいて設置された研修・調査・研究のための機関。略称で「アジ研」または「UNAFEI(ユナフェイ)」とよばれる。オーストリアのウィーンにある国連薬物・犯罪事務所United Nations Office on Drugs and Crime(UNODC)を中核として
マッデン・ジュリアン振動(日本大百科全書・現代用語の基礎知識)
おもにインド洋で発生する数千キロメートルスケールの巨大雲群が、赤道に沿って毎秒約5メートル程度の速度で東へ進み、多くは太平洋の日付変更線付近で消滅する現象のことで、英語の頭文字をとってMJOと略される。雲は日付変更線付近で消滅するが
ゲノム医療(日本大百科全書・イミダス)
体をつくるための設計図といえるヒトの遺伝情報を網羅的に調べ、その結果をもとに、より効率的で効果的な疾患の診断・治療・予防を行う医療のこと。一部の難病や遺伝性のがんなど単一の遺伝子が原因となる疾患や、複数の遺伝子が発症の背景となるがんや生活習慣病など
札幌農学校(日本歴史地名大系・日本大百科全書)
明治九年(一八七六)に札幌学校が改称して成立した札幌農学校は日本初の高等農業専門学校。現北海道大学の前身にあたり、明治五年に東京芝増上寺本坊内に開設された開拓使仮学校を嚆矢とする。明治五年一月開拓次官の黒田清隆は、北海道に農業・工業などの学校を
アレティーノ(世界文学大事典・日本大百科全書)
イタリアの劇作家,作家。アレッツォの靴職人ルーカなるものの息子だが,その出生の卑賤(ひせん)を恥じて,アレティーノ(アレッツォ人)と称す。若くしてペルージャで絵と詩を勉強したがぱっとせず,のちローマに出て銀行家アゴスティーノ・キージ
尾形光琳(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
一六五八 - 一七一六 江戸時代中期の代表的な画家。祖父宗柏の代から東福門院の御服所を勤めていた呉服商雁金(かりがね)屋の当主宗謙の次男として、万治元年(一六五八)に京都で生まれる。名は惟富・伊亮・方祝、通称は市之丞、号を光琳(はじめ浩臨)
渡月橋(日本歴史地名大系)
桂川(大堰川・保津川)に架かる橋で、嵐(らん)橋ともいう。承和三年(八三六)に僧道昌によって大堰(おおい)川の修築が行われたが(弘法大師弟子伝)、その時架設されたのに始まるともいう。橋の南に法輪寺があったため法輪寺橋・法輪橋の名もあり
松山城(国史大辞典・日本歴史地名大系)
(一)松山市丸之内および堀之内に中心部のある城。平山城。松山平野の中央に位置する勝山(標高一三二メートル)は室町時代ごろまでは味酒山と呼ばれた。南北朝時代に伊予の南朝方が、北朝方で湯築城を居城としていた河野氏を攻略するに際して
松江城(国史大辞典・日本歴史地名大系)
松江市殿町に中心部のある城。別称千鳥城。平山城。主要部のある丘陵はもと極楽寺山または亀田山と呼ばれ、戦国時代には富田城主尼子氏の出城である末次城があった。天文十二年(一五四三)に大内義隆が出雲に侵入した際、大内軍の一隊が当城を占拠し富田城攻撃拠点
犬山城(日本歴史地名大系)
[現]犬山市犬山 北古券木曾川に北面する標高八〇メートルの丘陵にある。名古屋城より直線にして約二二キロの地点。別名白帝城。天守閣は国宝。文明元年(一四六九)五月、管領斯波義郷の家臣織田広近が木ノ下村(現在地より約一キロ東南)に初めて城を築いた
松本城(国史大辞典・日本歴史地名大系)
長野県松本市丸の内にある城。平城。松本平の中央部にあたる当地は古くは深志といわれ、また延暦年間(七八二―八〇六)に信濃国府が上田からこの地に移された後は府中とも呼ばれた。国府所在時代には在庁官人犬甘氏の居館が置かれていたものと思われるが
彦根城(国史大辞典・日本大百科全書・日本歴史地名大系)
滋賀県彦根市金亀町・尾末町にある城。平山城。関ヶ原の戦ののち徳川家康の臣井伊直政は近江の石田三成の旧領十八万石を与えられて佐和山城に入った。直政の男直勝は慶長八年(一六〇三)に新城造営の工を起し、同九年に佐和山城から移転した
京都御所(日本歴史地名大系・国史大辞典)
[現]上京区京都御苑広義には大宮御所(なかに仙洞御所がある)をも含み、狭義には京都御所のみをいう。里内裏であった土御門東洞院(つちみかどひがしのとういん)邸が、鎌倉最末期以来皇居とされていたものの後身で、仙洞御所と大宮御所は江戸初期に設けられた
富岡製糸場(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
明治初年に上野国富岡に設立された官営模範製糸場で、のち民間へ払い下げられた。政府は横浜の有力生糸輸出商社エッシュ=リリアンタル商会からの器械製糸場設立の申請を退けつつ、明治三年(一八七〇)二月にみずから模範製糸場を設立する方針を定め
荒城神社(日本歴史地名大系)
[現]国府町宮地 宮垣内荒城川右岸にあり、祭神は大荒木之命・国之水分神・天之水分神・弥都波能売神。旧県社。「延喜式」神名帳の荒城郡五座のうちの一つ。「和訓栞」に「荒木ハ生ノママナルヲ云ナルベシ、地名ニ荒木、新城ナドカケリ
荒井家住宅(日本歴史地名大系)
[現]矢板市立足立足(たつあし)集落の西端、東下りの山際にある。荒井家は代々立足村の名主を勤めた。敷地は広く南面し、入口に長屋門を構え、主屋は長屋門より一段高所にある。主屋と長屋門は国指定重要文化財。家伝では延宝四年(一六七六)火災にあい
鳳凰の舞(日本大百科全書)
東京都西多摩郡日の出町下平井に伝わる風流踊の一種。鳳凰の舞と奴(やっこ)の舞からなり、かつては干魃(かんばつ)の際の雨乞(あまご)いや悪疫退散を祈願して行われたが、現在では9月29日に近い日曜日の春日(かすが)神社例祭に奉納される
山王祭(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
江戸の山王権現(現日枝神社)の祭礼で、天下祭ともいわれ、江戸三大祭の随一。近江の日吉山王社の祭礼は歴史上は「日吉祭」とよばれた。江戸の山王社は南北朝時代にはすでに存在したが、その祭礼は江戸開府とともに活気づいたのである
三社祭(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
東京都台東区浅草公園に鎮座する浅草神社の祭り。浅草神社は土師真中知(はじのまち)命・檜前浜成(ひのくまのはまなり)命・檜前武成(たけなり)命の三神を祭るところから三社権現と称されてきたが、明治元年(一八六八)、三社明神社
里神楽(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
宮廷以外の諸社・民間で奏される神楽。里は平安京の内裏の外の市街地をいう。平安時代には、石清水・賀茂・祇園・北野・大原野・吉田・春日・住吉などの諸社に、宮廷の楽人を差し向けて奏する場合に里神楽と称した。このとき宮廷では試楽があり
神楽(日本大百科全書・世界大百科事典)
神前に奏される歌舞。神座を設けて神々を勧請(かんじょう)して招魂・鎮魂の神事を行ったのが神楽の古い形で、古くは神遊(かみあそび)とも称した。神楽の語源は、神座(かむくら)の約音とするのが定説である。神楽の起源説話として有名なのは
出雲神楽(国史大辞典・日本大百科全書)
出雲地方の神楽。佐太神社(島根県八束郡鹿島町)の神楽をその中心とする。佐太神社の「御座替祭」(九月二十五日、もと八月二十四日・二十五日)に、古くは島根・秋鹿・楯縫・意宇(西半分)の三郡半の神職が祭事に奉仕し、その後に天下国家の御祈祷として
佐陀神能(世界大百科事典)
民俗芸能。島根県松江市佐陀の佐太神社に伝承される神能。9月24,25日に行われ,24日の御座(茣蓙)替神事の夜には七座の神事が,25日の例祭には御座替神事を奉祝して,七座の神事《式三番》神能がいずれも境内の神楽殿で演じられる
鷺舞(日本大百科全書・世界大百科事典)
鷺の作り物を身に着けて舞う芸能。島根県鹿足(かのあし)郡津和野(つわの)町弥栄(やさか)神社の祇園(ぎおん)祭に行われる鷺舞は、7月20日と27日の両日、神輿(みこし)に供奉(ぐぶ)して神社・御旅所(おたびしょ)・頭屋(とうや)などへ練り込んで舞う
明石城下(日本歴史地名大系)
明石川河口に近い東岸の洪積台地(通称人丸山)上に築かれた明石城を扇の要とし、その南方に広がる明石海峡に至る東西約一二〇〇メートル・南北約七〇〇メートルの地域に開かれた城下町。〔城下町の成立と発展〕元和三年(一六一七)明石に入部して
ミトコンドリアゲノム(岩波 生物学辞典 第5版)
mtゲノム,mtDNAなどと略記.《同》ミトコンドリア核様体(mitochondrial nucleoid),ミトコンドリア核(mitochondrial nuclei),ミトコンドリア染色体(mitochondrial chromosome).ミトコンドリアが保有する独自のゲノム.一般に環状二本鎖DNAであるが
DNA(岩波 生物学辞典 第5版)
deoxyribonucleic acidの略.《同》デオキシリボ核酸.糖成分がD-2-デオキシリボースである核酸.核酸研究の初期に,DNAは胸腺から大量に抽出できることから胸腺核酸(thymonucleic acid, thymus nucleic acid)と呼ばれた.遺伝子の本体.塩基としてアデニン
朝鮮労働党(日本大百科全書・世界大百科事典・イミダス)
北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の支配政党。1945年10月10日に発足した朝鮮共産党北部朝鮮分局を起源とし、この日が現在の朝鮮労働党創建記念日とされている。北朝鮮憲法では、「朝鮮労働党の領導のもとにすべての活動を行う」(第11条)と明示しており
金正恩(世界人名大辞典・日本大百科全書)
1984.1.8~北朝鮮の政治家.金正日(キムジョンイル)の3男.生年は1983年説もある.北朝鮮で生まれ,スイスの公立学校に在学しドイツ語などを学んだ [96-2000].帰国後,金日成総合大学を経て,金日成軍事総合大学特設班で砲術を学んだ [02-07]とされる
鹿鳴館(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
明治初期の国際的社交場として建てられた洋館。東京府麹町(こうじまち)区内幸(うちさいわい)町山下門の元薩摩(さつま)藩装束(しょうぞく)屋敷跡(千代田区内幸(うちさいわい)町、帝国ホテルの隣地)にあった。1879年(明治12)外務卿(きょう)に就任して
エリオプス(日本大百科全書・世界大百科事典)
古生代ペルム紀(二畳紀)前期の、約2億8000万年前に北アメリカにいた大形両生類の迷歯類中でも代表的な肉食動物。堅固な頭骨をもち、全長約2メートル。体が頑丈で、扁平(へんぺい)の大きな頭骨の口蓋(こうがい)の左右両側に、大きな眼球や眼筋があり
イェーツ(日本大百科全書・世界大百科事典)
アイルランドの詩人、劇作家。6月13日ダブリン郊外のサンディマウントに生まれる。父ジョンは画家。1867年に一家はロンドンに移ったが、母の郷里スライゴーに帰ることも多く、幼時からアイルランド北西海岸の風景や、農民の語る妖精(ようせい)談になじんだ
天津神社(日本歴史地名大系)
[現]吉川町前田近世の宮(みや)村をはじめ一三ヵ村を氏子とする。旧郷社。祭神は天津彦根命・活津彦根命・天之穂日命・天之忍穂耳命・熊野久須日命。垂仁天皇二五年四月、小神野(おがみの)(現富岡字神谷)に明神が天降ったので、里人たちが現在地へ遷座したと伝える
阿仁鉱山(日本歴史地名大系・国史大辞典・世界大百科事典)
阿仁金・銀・銅山の総称。北流する阿仁川上流の両岸、標高五六二メートルの九両山の南・北・西麓、および標高七一〇メートルの芝森南・西麓一帯に分布する。板木沢・向・七十枚・小沢・萱草・二ノ又・真木沢・三枚・一ノ又・大沢・天狗平・黒滝・糠内・深沢の各鉱山を含む
穴切大神社(日本歴史地名大系)
[現]甲府市宝二丁目相(あい)川東岸、穴切小学校脇にある。祭神は大己貴命・少彦名命・素盞嗚命。旧郷社。「延喜式」神名帳記載の山梨郡「黒戸奈(クロトナノ)神社」を当社に比定する説がある(甲斐国志)。創建は元明天皇の代ともいう。創建と社名の由緒については
阿蘇神社(日本歴史地名大系・国史大辞典・世界大百科事典)
[現]一の宮町宮地宮地(みやじ)市街地の西方にあり、約一万坪の境内を有する。祭神は健磐龍命を主神とする阿蘇十二神。古代は式内社として、中世は肥後国の一宮として、近代は官幣大社としての伝統をもつ九州の名社。。現社殿は南面する三本殿・拝殿・楼門・回廊
足助八幡宮(日本歴史地名大系)
[現]足助町足助 宮ノ後国道一五三号の道沿いにある。巴(ともえ)川が支流足助川を合わせて大きく湾曲するところの左岸に位置し、右岸の飯盛(いいもり)山が笠形の山容で眺められる地点である。祭神は品陀和気命・帯中日子命・息長帯比売命・瀬織津比売命・菊理媛命・日本武尊
葦守八幡宮(日本歴史地名大系)
[現]岡山市下足守下足守(しもあしもり)のほぼ中央の小丘上に鎮座。主祭神は応神天皇。旧足守藩領の総鎮守。旧郷社。「日本書紀」応神天皇二二年条にみえる行宮「葉田葦守宮」の旧跡に吉備中彦命が社殿を建立したのが起源と伝える
朝倉神社(日本歴史地名大系・国史大辞典)
[現]高知市朝倉朝倉の北部にある小高い赤鬼(あかぎ)山の東南麓に鎮座する。東方を鏡(かがみ)川が流れ、南方に本山氏の朝倉城のあった城(じよう)山がそびえる。祭神は天津羽羽神、天豊財重日足姫天皇(斉明天皇)。旧県社。「延喜式」神名帳に土佐郡五座の一として
浅草神社(日本歴史地名大系・国史大辞典)
[現]台東区浅草二丁目浅草寺境内東側にある。旧郷社。祭神は隅田川から観音像(のち浅草寺本尊)を引上げたという檜前浜成命・檜前竹成命とそれを安置したという土師真中和(土師直中知)で、大国主命・東照宮などを合祀する。江戸時代末までは三社権現と称された
明石城跡(日本歴史地名大系)
[現]明石市明石公園東を朝霧(あさぎり)川、西を明石川に画された洪積台地の南西端部(通称人丸山)に築かれた江戸時代の城跡。標高約二四メートル、前面の沖積地との比高は約二〇メートルの平山城。明石藩の政庁。元和三年(一六一七)七月信濃国深志
赤神神社(日本歴史地名大系)
[現]男鹿市船川港本山門前 祓川本(ほん)山の南麓に位置し、南に日本海を望む。祭神は天津彦火甕甕杵尊・誉田別命など。旧村社。古来本山赤神神社と称され、本山中腹の五社(ごしや)堂を本縁とする。開基年代は明らかではないが、当社に残る木造十一面観音菩薩立像など
祭囃子(日本大百科全書・世界大百科事典)
祭礼囃子ともいう。神輿(みこし)が御旅所(おたびしょ)に渡御(とぎょ)するいわゆる神幸(しんこう)祭に、付祭(つけまつり)と称して氏子たちが出す山車(だし)(山、鉾(ほこ)、だんじり、屋台など車付きのもの、山笠(やまがさ)、きりこのように担ぐもの
日吉山王祭(国史大辞典)
近江坂本(滋賀県大津市)日吉大社の祭礼のこと。各地の山王祭はこの祭の伝わったもの。平安時代以来日吉祭、近世には山王祭または日吉山王祭とよばれる。古来、四月の中の申の日を中心に午から酉の日まで四日間行われた。平安時代から多くの書物にみえるが
長浜曳山狂言(日本大百科全書(ニッポニカ))
滋賀県の長浜八幡宮(はちまんぐう)(長浜市宮前(みやまえ)町)の春祭(4月13~16日)に曳山(ひきやま)の上で行われる子供歌舞伎(かぶき)。羽柴(はしば)(豊臣(とよとみ))秀吉が城主のとき男子出生を祝って町民に賜った砂金を基金として曳山を整えた
神幸祭(国史大辞典・世界大百科事典)
神社祭祀のうち、神霊が本社より他所に渡御する祭。「おわたり」「みゆき」「おいで」などとも称し、その帰りを還幸祭と呼ぶ場合もある。起源は不詳であるが、古代末期にはすでに行われていた社があり、中世以降多くの社でなされるようになったものとみられる
秩父夜祭(日本大百科全書・世界大百科事典)
埼玉県秩父市の秩父神社で12月2、3日に行われる例祭の夜間行事。華やかなので夜祭として有名。近世は霜月(旧暦11月)1、2、3日であった。祭りでもっとも盛大で重要なものは、神馬(しんめ)の奉献と、二台の笠鉾(かさぼこ)、四台の屋台が神輿(みこし)に続いて巡行
よさこい節(日本大百科全書・世界大百科事典)
高知県の代表的なお座敷唄(うた)。民謡というより俗謡に近く、唄の文句の最後の囃子詞(はやしことば)をとって曲名にしている。この唄の起源にはさまざまな説がある。1601年(慶長6)領主となる山内一豊(やまうちかずとよ)が入国して高知城を築くとき
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