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精霊流し(国史大辞典・日本大百科全書)
盆行事の最終段階で、精霊を送り出す儀礼。先祖の霊は、七月十三日の精霊迎えを経て、十五日または十六日夕方まで各家に滞在したのち、精霊流しによって、再びあの世へ送り返されると信じられていた。祖霊をはじめ、死者の霊は山の彼方の世界に行っているが
能郷の能・狂言(日本大百科全書(ニッポニカ))
岐阜県の白山(はくさん)神社(本巣(もとす)市根尾能郷(ねおのうごう))の例祭(4月13日)に奉納される能と狂言。地元では「猿楽(さるがく)」という古称でよんでいる。東北地方の山伏神楽(やまぶしかぐら)や番楽(ばんがく)、静岡県下の西浦田楽(にしうれでんがく)
拍子木(日本大百科全書・世界大百科事典)
方柱形の短い二つの木を打ち合わせ、合図・拍子を知らせる用具。拍子木の起源は明らかではないが、合図をし、拍子をとり、また人々の注意を促すために、木や竹を打ち合わせる方法は、原始時代からあらゆる民族で行われていた。おそらくわが国では、拍子木は、古くは
チャッキラコ(日本大百科全書・世界大百科事典)
神奈川県の海南神社(三浦市三崎)の1月15日の祭りに踊られる小歌(こうた)踊。花暮(はなぐれ)と仲崎(なかさき)地区の7歳から13歳ぐらいまでの少女約20名で踊るが、歌は中年の女性たちが受け持つ。伝承曲目は『ハツイセ』『チャッキラコ』『二本踊』
あばたも靨(故事俗信ことわざ大辞典)
好きになると、醜いあばたさえ可愛らしいえくぼに見える。惚れた目には欠点までも長所に見えるというたとえ。*洒落本・伊賀越増補合羽之龍(1779)通菴内之だん「巖石にひとしき菊石(アバタ)も壱っによってゑくぼと成り」 *人情本・郭の花笠(1836
後の祭(故事俗信ことわざ大辞典)
時機を逸して無意味になり、気がついてもいまさら取り返しがつかないことのたとえ。*虚堂録臆断(1534)五「死して後に紙銭を焼て不祥を除く也。をかしいこと也。無用処也。あとのまつり也」*俳諧・毛吹草(1638)二「あとのまつり」
麻の中の蓬(故事俗信ことわざ大辞典)
「麻に連るる蓬」に同じ。*十訓抄(1252)五・序「人者善友にあはむ事をこひねがふべき也。麻のなかの蓬はためざるにおのづから直しといふたとへあり」*ささめごと(1463~64頃)下「麻の中の蓬なれば、つたなき心も、さすが友によりて直かるべし」
悪事千里を走る(故事俗信ことわざ大辞典)
悪い行ないや悪い話は、たちまち世間に知れ渡る。悪事千里。*曽我物語(南北朝頃)一〇・伊豆二郎が流されし事「扨も、悪事千里をはしるならひにて、伊豆二郎未練なりと、鎌倉中に披露有ければ」*明徳記(1392~93頃か)中「悪事千里に走て、此事世には隠有べからず
秋の日は釣瓶落とし(故事俗信ことわざ大辞典)
秋の日は、井戸の釣瓶が落ちるように早く沈み、暮れてしまう。秋の日暮れが早いことのたとえ。*歌舞伎・勧善懲悪覗機関(村井長庵)(1862)六幕「もう入相でござりますれば、秋(アキ)の日(ヒ)の釣瓶落(ツルベオト)し。日が暮れるに間もござりませねば、今日はお暇致しませう」
秋の扇(故事俗信ことわざ大辞典)
秋になり、不用となった扇。また、男の愛を失った女のたとえ。前漢の成帝の宮女班婕妤(はんしょうよ)が、君寵の衰えたわが身を秋の扇にたとえて詩を作った「文選‐怨歌行」の故事による。班女が扇。*和漢朗詠(1018頃)上・雪
青は藍より出でて藍より青し(故事俗信ことわざ大辞典)
弟子が師よりまさっていることのたとえ。藍より出でて藍より青し。出藍(しゅつらん)の誉。氷は水より出でて水より寒し。*世俗諺文(1007)「青レ於レ藍〈略〉青取二之藍一而青三於二藍一」*十訓抄(1252)一〇・序「道々の才芸も又父祖には及がたき習ひなれば
青菜に塩(故事俗信ことわざ大辞典)
青菜に塩をふりかけた時のように、元気だった者が何かをきっかけにすっかりしょげてしまうさま。*俳諧・世話尽(1656)曳言之話「青菜(アヲナ)にしほ」*諺苑(1797)「青菘(アヲナ)に塩 蛭に塩とも云、なめくじに塩とも云」
会うは別れの始め(故事俗信ことわざ大辞典)
人と人とが出会うことは、すでに別れの始まりである。出会うものは、必ずいつか別れるものだ。*風に紅葉(鎌倉末~南北朝初期)二「『とてもかくても、あふはわかれのはじめなれば、さてしもはつまじきわざにこそ』とて、うちなき給」
ああ言えばこう言う(故事俗信ことわざ大辞典)
他人の意見や忠告に対して、何やかやと理屈を言って従わないさま。どう言えばこう言う。*人情本・春色雪の梅(1838~42頃か)初・二回「ああ云(イ)へばかう云(イ)ふと言ってぢれったいねえ」*諺語大辞典(1910)「ああ言(イ)へばかう言(イ)ふ」
イブン・バットゥータ(世界人名大辞典・世界文学大事典)
1304.2.24~68・9(77)アラブの大旅行家.モロッコのタンジール生まれ.21歳の時にマッカ(メッカ)巡礼に出立 [1325],エジプトに入り,アラビア半島,イラク,イラン,シリア,アナトリア,東アフリカ,南ロシア,コンスタンティノポリスを歴訪
ダンテ(世界人名大辞典・世界文学大事典)
1265.5.21(-6.21)~1321.9.13(14)イタリアの詩人,哲学者.フィレンツェに生まれる.若い頃から詩人カヴァルカンティやチーノ・ダ・ピストイアらと交友があり,ラティーニに師事して修辞学を学ぶ.この頃イタリア語での詩作を始め,いくつかは《詩集:Rime》に収められている
マルコ・ポーロ(世界人名大辞典・世界文学大事典)
1254~1324.1.8ヴェネツィアの商人,東洋旅行家.父(Niccolo P.)および叔父(Matteo P.)は,クリミア半島からキプチャク・ハン国に至ったが,戦乱のため帰路を閉ざされてさらに東方に向かい,モンゴル帝国の首都ドロンノール(上都開平府)においてクビライに拝謁した
トマス・アクィナス(世界人名大辞典・世界文学大事典)
1225(-27)~74.3.7イタリアの盛期スコラ学最大の神学者,哲学者,聖人.アクィーノ伯家に生まれる.モンテ・カッシーノおよびナポリで教育をうけ,ドミニコ会に入った [1244].パリおよびケルンに赴き,主としてパリに滞在して [45-59],アルベルトゥス・マグヌスに師事
クビライ(世界人名大辞典・国史大辞典)
尊号:セチェン・カーンSečen Qaγan 諡号:聖徳神功文武皇帝 廟号:世祖〔漢〕忽必烈1215.9.23~94.2.18[世祖至元31.1.22]モンゴル帝国の第5代カーン(元朝皇帝) [1260/94].トルイの4男,チンギス・カンの孫,生母はソルカクタニ・ベキ.モンケがカーンに即位すると
インノケンティウス3世(世界人名大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
1160~1216.7.16ローマ教皇 [1198/1216].グレゴリウス7世の教権統治思想を踏襲し,教皇庁の強化および教皇領の失地回復を図った.ドイツの帝位争いにおいては [1198-],オットー4世を助けて,ローマで戴冠させた [1209]が,同帝が約束に反して
朱熹(世界人名大辞典・世界文学大事典)
1130.10.18[建炎4.9.15]~1200.4.23[慶元6.3.9]中国南宋の思想家,儒者.一般に朱子と呼ばれる.本籍は徽州の婺源(ぶげん)だが,福建尤渓(ゆうけい)(現,福建三明)で生まれた.科挙に合格,地方官として各地をまわるが,地元の福建で教育と学問に携わる期間が長かった
ウィリアム1世(世界人名大辞典・世界大百科事典)
1027(28)~87.9.9イングランド王 [1066/87].ノルマンディー公ロベール1世(悪魔公)(Robert I le Diable †1035)の庶子.父が没するとノルマンディー公ギヨーム2世(Guillaume II)となり [1035-87],ハロルド2世がイングランド王に即位する [66]と,先王エドワード(証聖王)による
イブン・スィーナー(世界人名大辞典・世界大百科事典)
イスラーム哲学者,医学者.ブハラ(現ウズベキスタン)でサーマーン朝のペルシア人官吏の子として生まれ,イスラーム,ギリシア,インドの諸学,特に哲学,医学,数学,天文学などを極めた.サーマーン朝の王子を治療して宮廷に出入りし
范寛(世界人名大辞典・世界大百科事典)
名:中正 字:中立(仲立)中国北宋の画家.華原(現,陝西銅川)の人.性格が温厚で度量が大きかったことから「寛」とあだ名されるようになったという.在野の山水画家で,天聖年間 [1023-32]には,なお在世していたとされる
障害者スポーツ(世界大百科事典・日本大百科全書)
心身に障害をもつ人々に身体的・精神的・社会的リハビリテーションの機会を与え,障害者の社会的再統合あるいは統合をはかるためのスポーツで,英語ではdisability sportと表記されるものである。

 世界で最初に組織された障害者のスポーツクラブは

ゴールボール(イミダス)
アイシェードと呼ばれる目隠しをした3人のプレーヤーが1チームとなり、2チームがコートの両サイドに分かれ、鈴入りのボールを転がすように投球し、相手のゴールに入れる球技。前半12分、ハーフタイム3分、後半12分で1試合。引き分けの場合は、さらに前半3分
ボッチャ(イミダス)
重度脳性まひ者もしくは同程度の四肢重度機能障害者のために考案されたヨーロッパ生まれの球技スポーツ。古代ギリシャの球投げに由来し、6世紀にイタリアで現在の原型が生まれた。語源はラテン語の「bottia」から。1984年、イギリスのストーク・マンデビル・パラリンピックで紹介され
ブラインドサッカー(日本大百科全書・イミダス)
視覚障害者のために考案されたサッカー。正式名称は視覚障害者5人制サッカーで、略称ブラサカ。競技はFIFA(国際サッカー連盟)が定めたフットサルを一部修正したルールで行われる。障害の程度に応じたB1クラス(全盲)とB2/B3クラス(弱視)の二つのカテゴリーがある
ソメイヨシノ(日本大百科全書・日本国語大辞典)
バラ科(APG分類:バラ科)の落葉高木。オオシマザクラとエドヒガンの雑種で、明治初年に東京・染井(現在の豊島(としま)区巣鴨(すがも)付近)の植木屋から売り出されたサクラである。初めはヨシノザクラとよんでいたが、奈良県吉野山のヤマザクラと混同されやすいので
食糧自給率(日本大百科全書・世界大百科事典)
一国の食糧総供給量のうち、国内生産で供給される度合いを示す指標。農林水産省の統計資料では「食料自給率」と表記されている。通常、品目別には、国内消費仕向量に対する国内生産量の百分率で表される(品目別自給率)。品目別自給率をみてわかることは
パワーリフティング(日本大百科全書(ニッポニカ))
パワーリフティングは、バーベル挙上を競うということでは、ウエイトリフティングと同類であり、歴史的な背景も同じであるが挙上方法に大きな違いがある。
 パワーリフティングはスクワット(脚力)、ベンチプレス(腕力)、デッドリフト(背筋力)の三つ
アルファ碁(日本大百科全書・イミダス)
Google(グーグル)の子会社であるDeepMind(ディープマインド)社が開発した囲碁プログラムの名称。最初の版が論文で発表されたのは2016年1月である。ディープラーニング(深層学習)、モンテカルロ法、強化学習の三つの手法をうまく組み合わせている
オーバーツーリズム(日本大百科全書(ニッポニカ))
過度な観光客の増加に伴う渋滞や騒音、自然環境への悪影響などの弊害の総称。「over(許容範囲を超えた)」と「tourism(旅行)」を組み合わせた造語で、2016年ごろからアメリカで使われ始めた。日本では観光公害ともよばれる。オーバーツーリズムは大きく分けて
ロヒンギャ(日本大百科全書(ニッポニカ))
おもにミャンマー連邦共和国の西沿岸部にあたるラカイン州の北西部に住むイスラム系少数民族。2015年5月、難民が南タイの海岸沖で木造船に乗って漂流する事件が発生したとき以来、ロヒンギャは国際的な注目を浴びるようになった。翌2016年10月にはミャンマー(ビルマ)西部の
ヤングアダルト小説(日本大百科全書(ニッポニカ))
ヤングアダルト(Y.A.)を対象に書かれた小説。ヤングアダルトとは、狭義では10代後半の青少年、広義ではティーンエイジャーをさす。ここでは、第二次世界大戦後のアメリカで生まれた若者向けの小説を中心に解説する。 1950年代のアメリカでは
国立印刷局(日本大百科全書(ニッポニカ))
日本銀行券、各種証券類、郵便切手、『官報』などの製造を行う独立行政法人。独立行政法人国立印刷局法(平成14年法律第41号)に基づき、2003年(平成15)4月に設立された。1871年(明治4)7月にこれまで外国に依頼していた紙幣印刷を国内で行うために創設された大蔵省紙幣司
マンモスゾウ(日本大百科全書(ニッポニカ))
氷河時代のゾウを代表するもの。学名のprimigeniusは、特異な形をした臼歯(きゅうし)の化石をもとに名づけられ、ケナガマンモスともよばれる。北緯50度以北のシベリアの凍土地帯では、毛や肉や血液が氷づけで保存されている遺体がみつかる
グレコ(日本大百科全書(ニッポニカ))
16世紀スペイン最大の宗教画家。本名はドメニコス・テオトコプーロスDomenikos Theotokopoulos。クレタ島のカンディアに生まれたのでエル・グレコ(ギリシア人の意)の通称で知られる。父は、当時のクレタの支配者ベネチア共和国の徴税吏
巨人伝説(日本大百科全書・世界大百科事典)
滑稽(こっけい)味を備えた異常なほどの巨漢にかかわる伝説。池や窪(くぼ)みはその足跡であるとしたり、運ぶ途中の土がこぼれて山となったなどのたぐいがほとんどである。この伝説は全国的に散在し、東日本のダイタラボッチ(大太法師)や、九州地方のオオヒトヤゴロウ(大人弥五郎
大人弥五郎(日本架空伝承人名事典・日本大百科全書・世界大百科事典)
山を作ったり、沼を作ったりした伝説の巨人。主に南九州で伝承されている。弥五郎のつけた足跡とか、土を盛った塚、あるいは彼の行為から起こったとする地名などが伝えられている。また他に、祭りの人形としても登場する。鹿児島県曽於市大隅町の岩川八幡神社では
浜下り(日本大百科全書・世界大百科事典)
沖縄県沖縄諸島などで、災厄を払い除くために、浜辺に出て行う清めの行事。浜降りとも書く。この地方では、一般に野鳥が家の中に入ると不吉であるといって忌む風習があり、その厄払いに浜下りを行う。小鳥が位牌(いはい)に止まることを極度に忌むほか
風流踊(改訂新版 世界大百科事典)
趣向をこらした扮装の者たちが,集団で笛・太鼓・鉦(かね)・鼓などの伴奏にあわせて踊る踊り。歌は室町時代後期から近世初期にかけて流行した小歌を,数首組歌にして歌う場合が多い。現在風流踊は民俗芸能として,太鼓踊,カンコ踊,神踊(かみおどり)
綾子舞(歌舞伎事典・世界大百科事典・日本大百科全書)
 新潟県柏崎市(旧刈羽郡黒姫村)下野(しもの)および高原田(たかはらだ)に伝わる民俗芸能。少女によって踊られる優美な小歌踊と、男性による狂言がある。踊の扮装や振、歌詞、また囃子に三味線が入らないことなど、女歌舞伎の踊にきわめて似通うものがあり
シヌグ(日本大百科全書(ニッポニカ))
琉球(りゅうきゅう)諸島の年中行事の一つ。鹿児島県奄美(あまみ)諸島沖永良部(おきのえらぶ)島、与論(よろん)島、沖縄県国頭(くにがみ)郡一帯、中頭(なかがみ)郡与勝(よかつ)諸島、島尻(しまじり)郡伊平屋(いへや)列島、久高(くだか)島などに分布する
エイサー(日本大百科全書(ニッポニカ))
沖縄諸島全域に伝わる盆踊り。17世紀ごろ仏教(浄土宗)とともに本土から伝来し、首里(しゅり)、那覇を中心にしだいに地方へ広まったようである。歌詞は七五調で、親への孝養を説く「継親念仏(ままうやにんぶち)」「親の御菩提(うやぬぐぶだい)」などを三味線にのせた
ウシデーク(日本大百科全書(ニッポニカ))
沖縄諸島の農村でシヌグ、ウンジャミなどの祭りののちに女性のみで行う祭祀(さいし)舞踊。シヌグ、ウンジャミは農作物を自然の災害から守るために初夏に行う予祝儀礼である。まず音取(ねとり)とよばれる小鼓(こつづみ)を持った年長者の女性数人を先頭に
白石踊(日本大百科全書(ニッポニカ))
岡山県の白石島(笠岡(かさおか)市)の盆踊り。月遅れ盆の8月14~16日に、口説きの音頭と太鼓によって踊られる。一曲の音頭のなかで、さまざまに異なる扮装(ふんそう)をした踊り手が、いろいろな振りを同時に踊るところに特色がある。男踊、女踊、奴(やっこ)踊(笠踊)
鹿島槍ヶ岳(日本歴史地名大系)
後立山連峰のほぼ中央、立山町・宇奈月(うなづき)町・長野県大町市の境界にそびえ、角閃石岩や輝石安山岩からなる。標高二八八九・七メートル。南槍・北槍の両峰が並び立ち、両峰間の吊(つり)尾根も美しい双耳峰で、しかも多くの岩場を有する
五龍岳(日本歴史地名大系)
後立山連峰のほぼ中央部、宇奈月(うなづき)町と長野県大町市との境界にそびえ立つ雄峻な岩山。標高二八一四・一メートル。五竜とも記される。割菱状の岩壁が山体の東面を構成しているので割菱(わりびし)ノ頭(あたま)とよばれたが
白馬岳(日本歴史地名大系)
後立山連峰の北部にそびえる。標高二九三二・二メートル。山頂は朝日(あさひ)町と長野県白馬(はくば)村の境界をなすが、その山体は新潟県西頸城(にしくびき)郡にもまたがり、越中・越後・信濃の三国境の山という。信州側の古絵図に両替(りようがえ)岳とあるのは
天城山(日本歴史地名大系)
伊豆半島中央の東部を占める火山。万三郎(まんざぶろう)岳(一四〇五・六メートル)を主峰とする連山で、古くは狩野(かの)山と称したとされるが、天城山は狩野山を含む呼称で、狩野山は現天城湯(あまぎゆ)ヶ島(しま)町と中伊豆町の境の嵩田(たけだ)山(竹田山)付近
富士山(日本歴史地名大系)
山梨・静岡両県にまたがってそびえる日本の最高峰。剣(けん)ヶ峰が最高地点で、標高三七七五・六メートル。天空にそそり立ち、なだらかな裾野をもつコニーデ型の成層火山で、山頂部に火口をもつ。火口の直径は五〇〇―六〇〇メートル、深さ二四〇メートルほどである
丹沢(日本歴史地名大系)
県北西部にあり、東西約四〇キロ、南北約二〇キロに及ぶ山地。厚木市、愛甲(あいこう)郡愛川(あいかわ)町・清川(きよかわ)村、津久井(つくい)郡城山(しろやま)町・津久井町・相模湖(さがみこ)町・藤野(ふじの)町、伊勢原市、秦野(はだの)市
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