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日本古典文学全集

新編 日本古典文学全集
とりべ野(栄花物語)
【閲覧画面サンプル】
とりべ野(栄花物語) 全体

【上記の拡大画像】
とりべ野(栄花物語) 拡大

【現代語訳】
〔一〕 
こうして八月ごろになると、皇后宮(定子)は、ただなんとなく心細いお気持になられて、明け暮れ御涙に濡れて、おいたわしいご様子でお過しになる。荻の葉を鳴らす風も萩の下枝に置く露もいちだんと御心にとまるような御有様でお過しあそばすにつけても、いよいよ昔のことばかり思い出さずにはいらっしゃれなくて、ぼんやりうつけておいでになる。女院(詮子)からは、それが待ち遠しいといった思いをおさせになることもなく、しばしばお便りをお差しあげになられる。帝からは、普通のお身体ではない御事を痛々しくお気遣いあそばして、内蔵寮から種々の品々をお贈り申しあげなさる。御物忌についても、お思いどおりというわけにはいかず、御修法の壇も二つぐらいで、しかるべき御読経などがおこなわれるにしても、僧なども、まず第一に奉仕しなければならない所の御祈祷

【目次】
巻第七 とりべ野(扉)
梗概
とりべ野

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検索コンテンツ
1. いん‐どう[‥ダウ]【引導】
日本国語大辞典
キショヲ タノミ ゾンズル」*咄本・昨日は今日の物語〔1614~24頃〕下「さて、われとかんへいり、とりべ野へおくり、いんだうもすぎて、ひをかけければ」インドー
2. 栄花物語 319ページ
日本古典文学全集
巻第七 とりべ野
3. 大鏡 175ページ
日本古典文学全集
、花山院が世話した結婚とある。弾正宮為尊親王。薨去は、長保四年六月十三日。『栄花物語』巻七「とりべ野」には、猛威をふるった流行病のさ中、和泉式部や新中納言のもと
4. 大鏡 245ページ
日本古典文学全集
い行為。「春宮」の呼称で、この出来事を三条院の皇太子時代として語る。なお、『栄花物語』巻七「とりべ野」に「かくて麗景殿の尚侍(綏子)は東宮へ参りたまふことありが
5. 大鏡 330ページ
日本古典文学全集
女院は長保三年(一〇〇一)閏十二月二十二日に崩じ、鳥辺野で荼毘にふされた。『栄花物語』巻七「とりべ野」に「暁には、殿(道長)御骨懸けさせたまひて、木幡(宇治市木
6. おおたにほんびよう(にしおおたに)【大谷本廟(西大谷)】京都市:東山区/大仏廻り/遊行前南側町・遊行前北側町地図
日本歴史地名大系
葬送地としての鳥辺野は、広く南方一帯を含むものであったことが知られよう。「栄花物語」巻七は「とりべ野」と題して、定子の鳥辺野葬送のことを「とりべのゝ南の方に二丁
7. ご-ま【護摩】
全文全訳古語辞典
その前に護摩壇を設け、ヌルデの木などを燃やして祈る。 「滅罪生善のためにとて、護摩をぞ行はせ給ふ」〈栄花・とりべ野〉(東三条女院詮子は)この世の罪を消し、来世に
8. 八代集 2 153ページ
東洋文庫
てたゆく何かひくへき 〔一9吾注棚 今昔二四-三四話  〔δ天〕注姻  〔δ三〕注姻  〔一〇…〕栄花七とりべ野
9. 八代集 3 385ページ
東洋文庫
〔一〇互〕今鏡五故郷の花の色  〔δ塁〕宮内庁本「花こそ」〔一〇茜〕宮内庁本「給ひける」 栄花七とりべ野  〔δ翌〕宮内庁本「おほ~ゆる」〔δ毫〕宮内庁本は詞書
10. 連歌集 158ページ
日本古典文学全集
。鐘ぞ鳴るけふも空しく過ぎやせむ[古注一]前の春の野を、鳥辺野ニ思ひなしたる句也。[古注二]とりべ野心もありといへり。春の野に遊び暮して、帰路も忘れているとき、
11. れんだいの【蓮台野】京都市:北区/蓮台野村地図
日本歴史地名大系
船岡山の西から紙屋川に至る一帯の野。「平家物語」巻一に「香隆寺のうしとらに蓮台野」とあり、また「山城名勝志」には「蓮台寺北千本通西、惣土手内、今云
12. 和漢朗詠集 129ページ
日本古典文学全集
楚練は新たに雪を擣つ声を伝ふ相如蜀茶漸忘浮花味 楚練新伝擣雪声相如鶉鳴く磐余の野辺の秋萩を思ふ人とも見つる今日かな丹比国人〔万葉集・六帖・新拾遺集・家持集〕秋は
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