2016年(平成28)4月14日21時26分ころ熊本県中央部(北緯32.7度、東経130.8度)で発生した震源の深さ11キロメートル、気象庁マグニチュード(MJ)6.5、モーメントマグニチュード(MW)6.2の地震を始まりとする一連の地震。地震による直接の死者は50名。約28時間後の16日1時25分ころには、14日の地震の震源近く(北緯32.8度、東経130.8度)で震源の深さ12キロメートル、MJ7.3(MW7.0)の地震が発生した。この16日の地震のマグニチュードは一連の地震中で最大のものであり、本震とみなされる。また、14日の地震は、その前震の一つと判断される。地震活動の初期に、比較的大規模な地震が起きたとき、それが前震であるか本震であるかを判断することは、現状では容易ではなく、熊本地震のような地震については、活動の初期段階でのその推移予測は困難といわざるをえない。14日の前震は、熊本県益城(ましき)町から南に八代(やつしろ)海まで延びる日奈久(ひなぐ)断層帯の北端付近を震源として発生し、16日の本震は、主として、日奈久断層帯の北端と接する布田川(ふたがわ)断層帯の岩盤が急激にずれることにより生じたと考えられている。ずれの大きさは約4メートルであり、右横ずれと縦ずれの両成分をもつ。布田川断層帯に沿って約28キロメートル、日奈久断層帯に沿って約6キロメートルの地表地震断層の出現も確認されている。この二つの断層帯は、地震発生前に活断層帯として認定されていたものである。
上に述べたように比較的大規模な前震を伴ったこと、また、以下に述べるように余震活動がきわめて活発であったことや、大きな震度や強い長周期地震動が観測されたことは、この地震の大きな特徴である。本震発生直後から、布田川断層帯に沿って九州を北東―南西方向に横切る広い領域で活発な余震活動が生じた。とくに、阿蘇(あそ)地方や大分県中部で余震活動が活発であったが、本震により放出された地震波による誘発地震の発生が大分県中部で確認されている。その後、本震震源から南西や北西の方向にも、ゆっくりと余震活動が広がっていった。余震活動の拡大が起きたのは、「別府―島原地溝帯」とよばれる南北方向に地殻が引き伸ばされつつある地域であり、活動的な火山や活断層が多数分布しており、歴史的に地震活動の活発な地域として知られている。1596年(慶長1)に別府湾で発生したとされる慶長豊後(ぶんご)地震(M7.0)、1889年(明治22)に熊本市付近で発生した明治熊本地震(M6.3)、1975年(昭和50)の大分県中部地震(M6.4)などがそのような地震の例としてあげられる。
16日の本震では、熊本県益城町と西原村で震度7の強い揺れを記録した。益城町では、14日の前震の際にも震度7を記録しており、短期間の間に2度、強い揺れに遭遇することとなった。このため、14日の地震では倒壊を免れた家屋が、16日の地震で倒壊するという現象もみられた。建物被害のほか、熊本城など文化財の損壊、大規模な地盤・土砂災害、農地や農業用施設の被害など、熊本県を中心として各地で大きな被害が生じた。死者(関連死含む)228名、重軽傷者2770名、全半壊家屋4万3226戸(2017年5月12日時点。消防庁資料)。
気象庁では、地震による高層ビルの揺れや被害の発生可能性の目安とするため、2013年に「長周期地震動階級」を導入し、「長周期地震動に関する観測情報(試行)」として運用を開始した。その運用開始後初めて、4階級中最大の「階級4」が4月15日0時3分ころの前震(M6.4、MW6.0)と16日の本震の際に、熊本県内で観測された。
[山下輝夫]