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生没年不詳。江戸中期の肉筆画専門の浮世絵師。岡沢(あるいは岡崎)氏。俗称出羽屋源七、別号を翰運子(かんうんし)といい、江戸・浅草諏訪(すわ)町に住んだ。浮世絵師としては珍しく版画作品をつくらず、女性の立ち姿のみを画面いっぱいにとらえた類型的な肉筆画を、数人の門弟とともに量産して世に送り出した。このいわゆる「懐月堂美人」は、原色的な色彩と抑揚に富む激しい筆線で表され、元禄(げんろく)年間(1688~1704)から正徳(しょうとく)年間(1711~16)にわたる18世紀初頭の江戸人の、豪快で闊達(かったつ)な気風をよく反映して、大いに流行した。
しかし安度は1714年(正徳4)の絵島・生島事件に連座して伊豆大島に配流されることとなり、懐月堂工房は一挙に解体を余儀なくされることとなる。享保(きょうほう)年間(1716~36)に許されてふたたび江戸へ帰ったようだが、その晩年は明らかでない。門人に、血のつながりがありそうな長陽堂安知のほか、度繁(どはん)、度辰(どしん)、度種(どしゅ)、度秀(どしゅう)がおり、安知、度繁、度辰の3人には美人一人立ちの版画作品もある。そのほか懐月堂風を追った亜流画家として、梅翁軒永春(ながはる)、松野親信(ちかのぶ)、滝沢重信(しげのぶ)、西川照信、東川堂里風らがおり、また宮川長春、奥村政信らも強い影響を受けている。