植物の繊維を水に分散させたものを、薄く平らに漉(す)き上げて乾燥させたもの。植物から取り出した繊維の集合体であるパルプに水を加えて強力に攪拌(かくはん)すると単繊維状に離解し、さらにたたいたうえ、水を大量に加えた希釈液を金網、プラスチックの網または簾(すだれ)などで、繊維が絡み合った薄い膜状の湿紙として漉き上げ、次にこの湿紙の余分な水を絞り取り、乾燥させるとシート状になる。情報の記録、伝達、および物の包装の三つの大きな用途に大量に消費されるほか、非常に多種の用途に供される。その多彩な用途に対応して多種類の紙がつくりだされたが、なお新たな用途が広がり続けている。そのため製造に際して添加剤を用いたり、製品をさらに加工したりして、新製品が生み出されている。
情報の記録や伝達に用いられた、羊皮をもんでつくった羊皮紙(パーチメントparchment)や、竹材を薄く削って得た竹片(竹簡)などは、前述の定義に該当せず、紙とはいわない。しかし、技術の進歩や他業種との交流によって多くの新素材が供給されるようになった今日、木材パルプと人造繊維や合成繊維、さらにはグラスファイバー(ガラス繊維)と混合抄紙(しょうし)した紙状のものや、合成繊維を紙状に抄(す)いた合成繊維紙なども生み出された。さらに、合成高分子(プラスチック)を薄くシート状に延ばし筆記や印刷を可能にした合成紙など、紙に似た新製品が少量ずつではあるが数多く現れて、これらも広義の紙として扱われる。また木材パルプや古紙の再生パルプでつくられた段ボール用の板紙や肥料袋、セメント袋などに用いられる包装紙も紙のなかに含まれる。なお、日本では統計上、このようにきわめて多種類の紙のうち、その一部を紙(洋紙)・板紙としてくくり、和紙と大別している。
[御田昭雄]
(略)
紙はパルプを中間原料とする。紙は一般に薄く、パルプは一般に厚紙状のものが取引される。木材パルプは数種しかないが、これから製造される紙は種類がきわめて多く、300~500種類にも分類されるほどである。薄い紙のなかには、パルプを構成する1本1本の繊維の太さの約30マイクロメートルよりも薄いものもあり、板紙のなかにはパルプのシートより厚く、水にも容易にぬれないものもある。このように性質の異なる多品種の紙を数種類のパルプを原料として製造可能とするため、叩解をはじめとするパルプの加工、異種のパルプの配合のほか、填料、色料、サイズ剤など各種助剤の配合や、抄紙に際しては抄き合わせ、さらには、いったんできた紙の塗工、加工などが行われる。
紙の原料となるパルプには木材パルプと非木材パルプがあるが、日本では非木材パルプの使用量は1%以下ときわめて少なく、木材パルプの消費量が圧倒的に多い。木材パルプの種類は少なく、針葉樹パルプ、広葉樹パルプ、さらに製法によっていくつかに分類される。しかし木材パルプの原料となる樹木の種類は多く、種類、樹齢、部位によって組成、繊維長を異にするが、いずれも幹と枝の木質部を利用する。
[御田昭雄]
1種または2種以上のパルプを離解して配合し、適宜に叩解を行って繊維の形状とコロイド性とを変え、さらに填料、サイズ剤、色料などの助剤を加えて抄紙可能な状態にしたものを完全紙料といい、これらの操作を完全紙料の調製という。
[御田昭雄]
紙はパルプが均一に分散された懸濁液(けんだくえき)から抄かれなければならない。通常、製紙工場に搬入されるパルプは厚紙状なので、初めに攪拌機のつく水槽に投入し、単繊維状態になるよう分散させる。この操作を離解といい、離解専用につくられた装置を離解機という。小さな製紙工場ではビーターで離解と叩解とを続けて行う例も多い。
[御田昭雄]
パルプは水でぬらしてたたくと、繊維の構造が壊れてもとの繊維体より細い糸状体ができる。これをフィブリル化するといい、繊維の表面積が増え水和・膨潤が進んでコロイド性が変わる。この操作を叩解という。離解したパルプを叩解し、水中からフィブリル化した繊維を膜状物(湿紙)にして抄き上げると、互いの繊維の接着面積は増えるため、まったく接着剤を用いなくても、あとは乾かせば繊維間の距離はしだいに近づき、水素結合が急速に増すため、強度の大きい紙が得られる。
パルプから紙を得るためには、通常、この叩解の作業が不可欠である。叩解の工程では、長すぎる繊維は切断して短くそろえ、太すぎる繊維は裂いて細くし、切断して、膨潤させ、一次膜を除去するばかりでなく、パルプの懸濁液中に残る離解不完全な繊維束を分散させる。これによって、均質で強度のある紙を製造することが可能となる。また求めに応じて原料パルプの単繊維1本の太さよりも薄い紙を抄造することも可能となる。
叩解により得られる紙の強度は、引き裂き強さ以外の諸強度は著しく増加する。ただし、パルプは叩解の際に大量のエネルギーを必要とするうえ、保水性が著しく増加し、抄紙の際の水切れが悪くなるので、抄紙速度を落とす必要が生じるなどの制約を受ける。
叩解に用いる装置を叩解装置といい、ビーター、エッジランナー、ディスクリファイナー、ジョルダンエンジンなど機種は多いが、かつてはビーターがもっとも多く使われた。ビーターは18世紀オランダで発明されたためホレンダーともよばれ、種々改良されたが、この型の叩解機は、パルプの叩解のほか離解の作業にも使え、さらにはサイズ剤、填料、その他の助剤との混合にも使えるため、日本では1950年代までは主力として活躍した。回分式(バッチ式)で始動に大量の電力を消費するなどの欠点が目だつので、大型工場ではビーターを使わず、その後開発された離解機とディスクリファイナーなどの連続運転が可能な叩解機を組み合わせて連続化、省力化、省エネルギー化が図られている。現在でも、多品種、少量生産を旨とする特殊紙や機械抄き和紙の製造の際には、離解から叩解、製紙用助剤の混合まで完全紙料の調製の全工程が1台の機械でこなせるので、ビーターが愛用されている。
叩解機は内側に歯が植えられ、回転体(ローター)が収容しうる軸受をもつ外殻(ケーシング)と、外側に歯が植えられているローターとからなる。離解したパルプの懸濁液を入れて叩解機を回すことにより、パルプは叩解作用を受ける。パルプの濃度を下げてケーシングとローターとの間隙(かんげき)を狭めると繊維の切断がおこりやすくなり、これを抄紙した場合水はけがよく、さらさらした紙が得られる。このような叩解を遊離状叩解という。一方、パルプの懸濁液の濃度をあげ、ケーシングとローターとの間隙を広くすると、パルプのフィブリル化が進んで保水性があがり、得られる紙は諸強度が大きく、緻密(ちみつ)かつ表面平滑で、透明度が高くなりやすい。このような叩解を粘状叩解という。
叩解工程はもっとも重要な前処理工程であるが、大量のエネルギーを必要とするため、省エネルギー叩解技術の必要性が論じられるようになった。
[御田昭雄]
紙は親水性のセルロースの絡み合いでできていて、多孔質で液体を吸収する性質をもっているので、インクなどで過度ににじまないよう、また表面性を改善するために耐水性の薬品で処理する必要がある。この操作をサイジングsizingといい、用いる薬品をサイズ剤という。水などの液体を吸収するための吸取紙や、物を分離して純粋なものを取り出すために用いる濾紙(ろし)などの特殊な紙には当然サイズは行わないが、通常の紙には種々のサイズが施される。
サイズには、抄紙に先だって行う内添サイズと、抄紙後に行う外面サイズとがある。内添サイズの代表的なものとして、微酸性で行うロジンサイズがあるが、このほかに中性で行うサイズもある。
ロジンサイズは松脂(まつやに)とアルカリでロジンせっけんをつくり、定着剤として硫酸アルミニウムを加える。叩解したパルプは初めロジンせっけんで処理し、さらに硫酸アルミニウムを加えて液を微酸性にすることによって、繊維の表面に水に不溶性のロジンのアルミニウムせっけんを析出させて、紙の親水性と撥水(はっすい性の調節を可能にする(酸性紙)。効果のあるサイズが簡易に行えるので、ロジンサイズは長らく主流の地位にあったが、紙を)構成するセルロース繊維が酸性に弱いため、ロジンサイズを施した図書館などの貴重な蔵書が100年以上の長い年月の経過により劣化してぼろぼろになっていることがわかり、1980年代に社会的な問題となった。そのため、筆記用紙および印刷用紙など長期保存を要する紙の製造にはほとんど中性サイズが行われるようになった(中性紙)。中性サイズ剤としては、アルキルケテンダイマーおよびアルケニル無水コハク酸などが多く使われている。
外面サイズは紙の表面にサイズ剤を塗布してにじみ止めを行うものであるが、その使用量は内添サイズの数分の1ですむほかに、表面の強度を増す効果や平滑性と印刷適性向上に効果がある。外面サイズ剤としてはデンプンやアクリルアミドの混合物などが多く使われる。
[御田昭雄]
紙の不透明性と表面平滑性とを向上させるため、多くの印刷紙には、屈折率が高く白色度の高い微粉を抄紙に先だって填料として添加するが、一般に填料の添加に伴って抄紙機のワイヤの摩耗が進み、また紙力とサイズの効果が低下する。
LBKP(広葉樹の晒(さらし)クラフトパルプ)が紙の主力原料となってからは、紙の裏抜け(印刷文字が紙の裏に透けて見えること)が激しくなり、それを防ぐため填料の添加量を増やす必要に迫られたが、さらにはパルプより安い填料を大量に用いれば、製品の増量とコストの引下げもできるとして必要以上に使われるようになった。しかし、必要以上に加えた填料は図書を重くし、持ち運びを困難にしたり、古紙からパルプを再生する際に填料は再生できないので、大量のスラッジが発生し、またごみとなった古紙を焼却するときに大量の灰が発生するので嫌われることも多い。
填料として使用可能なものは多く、白土(カオリン)、タルク、沈降性炭酸カルシウム、ケイ酸カルシウム、酸化チタン(チタンホワイト)、バライタ(硫酸バリウム)などがある。
白土はチャイナクレイともよばれ、填料としてもっとも代表的なものである。本来陶磁器の原料として使われていたもので、白色度の高い良質のものは品不足で高価なため、ほかの填料がかなり使われるようになった。
沈降性炭酸カルシウムは、筆記用紙や印刷用紙のサイズが中性サイズにかわったため、一般に使われるようになった。酸性サイズに用いれば、両者は反応して二酸化炭素の気泡を発生しながら硫酸カルシウムに変わるため使用できなかった。原料の石灰石は炭酸カルシウムを主成分とし、鉄、マンガン、マグネシウムおよび珪酸(けいさん)など多数の不純物を含む鉱物で、日本では資源的にはきわめて豊富に存在する。これを加工精製することによって純度の高い良質の沈降性炭酸カルシウムを安価にかつ容易に製造できる。
チタンホワイトは高価であるが高い屈折率と白色度を有するので、地図用紙や航空郵便用の便箋(びんせん)のように薄くて白い紙の製造に利用される。またバライタは写真の印画紙の原紙(バライタ紙)の製造に用いられる。
[御田昭雄]
今日製造される紙の多くには、色料が加えられてなんらかの着色が施されている。色料のうち顔料は水に不溶性で、無機質のものと有機質のものとがある。顔料のうち群青(ぐんじょう)と紺青(こんじょう)は、かつてはパルプの黄色味を消し、白い紙を得るために用いられた。その後は高白色度のパルプが得られ、また蛍光染料があるので、有色のものは使わず、白い顔料がおもに塗工紙をつくるための塗布剤の主成分として用いられる。顔料の種類は填料とほぼ同様、白土、タルク、沈降性炭酸カルシウムおよびチタンホワイト等が使われるが、紙の表面をより白く、緻密に、平滑にするために、填料に使うものより白色度が高くて粒子が細かい高品質のものが用いられる。
一方、染料は一般に水に可溶で以下のように分類され、種類が多い。(1)塩基性染料、(2)直接染料、(3)酸性染料、(4)建染(たてぞ)め染料、(5)蛍光染料、(6)その他の染料。第二次世界大戦後、分散染料のように水に溶けず界面活性剤とともに水に懸濁させて合成繊維を染色する特異な染料も現れた。しかし製紙工業で使われるものはいずれも繊維工業、とくに木綿の染色のためのものを使っており、おもに塩基性染料と直接染料で、蛍光染料も使うことがある。このうち塩基性染料は色は鮮やかで価格は安いが、着色した紙を水でぬらしただけで染料が溶け出しやすく、日光に対して堅牢(けんろう)ではない。直接染料は木綿の染料として多く用いられ、一般に塩基性染料に比べて色は地味であるが、着色した紙は水による溶出が少なく、パルプを容易に染色することができ、かつ日光にも堅牢である。蛍光染料は紫外線(波長300~400ナノメートル、1ナノメートルは10億分の1メートル)を吸収し可視の青紫光(波長430~450ナノメートル)を放射する染料で、白さの向上を感じさせるのに用いられるが、タングステンランプのように紫外線を出さない光の下では白く感じられない。
[御田昭雄]
多くの助剤が種々の目的で用いられる。そのうち一般的なものはスライムコントロール剤で、そのほか広く用いられているものには紙力増強剤などがあげられる。
[御田昭雄]
製紙工場では抄紙の際に大量の水を使い、その大半は回収して循環利用するが、パルプがもち込む微量な可溶性の糖分などが蓄積し、とくに夏期はバクテリアやかびが繁殖して粘着性の泥状物(スライムslime)が発生する。スライムコントロール剤はこのスライムが製品を汚染し品質を損ねるのを防ぐために用いられる。かつては水銀、錫(すず)等を含む有機金属化合物も使われたが、その後毒性の弱い有機窒素硫黄(いおう)系、有機ブロム系化合物が多く使われる。また循環水をオゾン滅菌する試みなども行われている。
[御田昭雄]
紙は本来、パルプをぬらして、たたいただけで強度のある紙が得られていた。しかしかつては考えられなかったほど原料パルプが低質化したため、紙力増強剤を加えなければならなくなった。資源問題、公害問題、さらには地球環境に対する社会の関心の高まりに応じて、古紙からパルプを再生して、社会の要求にあった性能の紙を製造する必要が生じたのである。2013年時点で、新聞用紙に対する古紙利用率は78%を超えている。板紙の製造では、板紙の古紙のほかに印刷紙や包装紙等の古紙など、ほかの紙の製造に適さない低質な再生パルプの混合率が93%を超えるに至った。このように粗末な原料からつくった板紙に、重量物を梱包(こんぽう)できる段ボール用の板紙の性能が求められる状況にあり、そのため紙力の増強を可能とする薬剤が必要となったのである。紙力増強剤には乾燥紙力増強剤と湿紙強度増強剤がある。
乾燥紙力増強剤は紙の軽量化と高速印刷とに耐えうるように用いるもので、トウモロコシ、小麦、タピオカ等の生デンプンおよび変性デンプンを加工処理したもの、植物ガム、ポリアクリルアミド等が用いられる。これらは、パルプのセルロースやヘミセルロースのヒドロキシ基と増強剤の分子がもつアミノ基やヒドロキシ基との間で水素結合が生じ、繊維間に作用する結合数を増加させることによって強度が上昇するのだと考えられている。
湿紙強度増強剤は湿潤時に極端に強度が落ちる紙本来の欠点を補強するもので、エポキシ化ポリアミドポリアミン樹脂、尿素ホルムアルデヒド樹脂、ポリエチレンイミン等が使われる。これらの樹脂は完全紙料を調製する際にパルプのスラリー(懸濁液)に添加し、セルロース分子間で形成されている耐水性に乏しい水素結合領域を被覆保護したり、三次元化した網目構造をとることによって、繊維を固定して湿紙強度を出すとともに、乾燥強度も増加させるものである。
[御田昭雄]
今日でも高級和紙の一部の製造には手漉きが行われているが、洋紙、板紙のすべてと大部分の和紙(機械抄き和紙)は抄紙機で抄造される。手漉きでは、パルプの懸濁液を簾または金網(ワイヤ)で膜状に漉き上げて湿紙を得、得られた紙を絞り乾燥して製品とするが、機械抄きでは以上三つの工程を連続的かつ機械的に行う。抄紙機は、(1)目の細かい金網またはプラスチックの網(ワイヤとよぶ)を無端ベルト状または円筒状の籠(かご)の表に張り付けてエンドレスのワイヤにし、同一方向に高速かつ連続的に動かすことによって網の上で完全紙料であるパルプの懸濁液から水を漉(こ)し取り、湿紙を形成させる部分、(2)湿紙に含まれる余分の水分を、回転ロールの間に挟んで連続的に絞る部分、(3)水を絞られ送られてくる湿紙をさらに回転する加熱ドラムに巻き付けながら水分を蒸発させて乾燥した紙にする部分、とからなる装置で、各部分を(1)ワイヤパートまたはウェットパート、(2)プレスパート、および(3)ドライヤーパートとよぶ。
抄紙機の機種は非常に多いが、構成する三つのパートのうち、とくにワイヤパートとドライヤーパートとの違いにその特徴がみられ、ワイヤパートの様式の代表的なものとして、長網抄紙機、円網(まるあみ)抄紙機、ツインワイヤ抄紙機があり、ドライヤーパートの代表的なものとして長網抄紙機や円網抄紙機などに用いられる多筒式、ヤンキーマシンに用いられる単筒式などがある。さらにパートの組合せを変えたり重ねたりしたコンビネーションマシンなどがある。なお、各抄紙機の詳細については別項「抄紙機」を参照。
[御田昭雄]
紙の加工仕上げ寸法はJIS(ジス)(日本工業規格)により定められているが、これによるとA列とB列とがあり、A列0番は841ミリメートル×1189ミリメートル(面積は1平方メートル)、B列0番は1030ミリメートル×1456ミリメートル(面積は1.5平方メートル)である。いずれも縦横比が 1:であるので、長辺を二つに折れば番号は1番増えて(たとえばB列1番)面積が半分になるが、縦横比は変わらないようになっている。原紙は化粧裁ち(書物の製本に際して、小口と天地をきれいに断裁すること)の余裕をみるので、幾分大きめにできている。
洋紙の取引単位は、大口では連(れん)(1連は1000枚)またはキログラム、小口取引では連または枚を用いる。板紙の取引単位は大口ではトン、小口では連(1連は100枚)を用いる。
[御田昭雄]
(略)
かつてはパソコンやソフトウェアの新型が発表されるたびに、ペーパーレス時代到来という予測がなされ、紙パルプメーカーが増設・増産を控えた時期があった。しかし、実際にはこれらの製品には紙に印刷された膨大な量の取扱説明書がついてくるなど、予期せぬ紙の消費が紙パルプの在庫を一掃させ、市場価格をつり上げ、紙パルプメーカーの増設・増産の動機づけになった。このような紙パルプの減産・増産の繰り返しは環境対策に大きな進歩を促し、国家・社会も紙およびその原料となる木材資源の節約とごみの削減を支援するようになった。いまや新型のパソコンやソフトウェアには取扱説明書がついておらず、消費者はパソコン画面からマニュアルを探し出して学ぶようになるなど、紙の消費と紙くずの発生は徐々に減少していった。
紙の最大の役割であった情報の伝達や保存も、パソコンの急速な発達と普及により、その多くはとってかわられるようになった。新聞や雑誌の発行部数は減り続け廃刊するものもあり、さらにパソコンのなかに大きな百科事典や学協会の出す便覧等の膨大な情報が収録保存され、そのなかから必要なときに必要な情報が検索できる体制も進みつつある。
このような状況のなか、近い将来、紙に対する常識が大きく変動し、紙のない社会がくるのではないかと感じる人々も増えている。確かに情報の伝達と保存については、急速な勢いでパソコンと新しい記録媒体に移っているのは事実である。しかし記録には、永久に保存したい、たいせつなものも少なくない。日本では1000年以上も前に和紙に墨書した多数の資料が、高温多湿の環境にも耐え、古文書としてきわめて良好な状態で保存されている。これは、紙と墨が情報保存の媒体としてきわめて優れていることの証明になろう。
また今日でも、紙に印刷した本を好み、それを書店の書棚のなかから選んで買うことを楽しみにしている人や、筆記用紙にメモをとりながら覚え、その記憶を整理しなければ勉強や仕事が進められないという人はいるだろう。そのような人々の求めに支えられて、印刷用紙も筆記用紙も減ることはあってもなくなることはないと思われる。
[御田昭雄]
パルプ廃液には大量の有機物や硫黄化合物が含まれているが、かつては莫大(ばくだい)な量の水で希釈し、軽度の公害処理をすれば川に放流することができた。しかしパルプ工場が巨大化するに伴って、希釈に用いる水は川の水では足りなくなった。希釈の足りない高濃度のパルプ廃液は夏季にはメタン発酵をおこし、メタンガスとともに猛毒性の硫化水素が発生したため死亡事故までおき、1970年代には紙パルプ産業の存亡にかかわる大きな公害問題にさらされた。しかし当時、これらの問題を抜本的に解決できる技術は欧米の先進諸国にもなかった。そのため日本は思いきった発想の転換を求められ、産官学の協力により研究開発を進めて、日本独自の公害の測定技術、処理技術ならびに法規制の三位(さんみ)一体の体制を確立するに至った。パルプ廃液は薄めず、捨てずに集めて濃縮・燃焼することにより水の使用量の節約を可能とするとともに、蒸解薬品と蒸気・電力のエネルギーを同時に回収できるようになり、コストダウンにも成功した。
さらに日本では都市ごみのなかに20~30%もの紙類が存在することを突き止め、本や紙くず等の紙類を分別して製紙工場に送り再生パルプを得、この再生パルプを使って板紙を製造する技術を開発することで都市の一般ごみの発生量を激減させるとともに、木材資源の節約にも成功した。板紙は商品の梱包、貯蔵、在庫管理ならびに輸送に世界規模で広く使われ、今後ともその需要と供給はさらに拡大し続けるものと期待されている。また製紙工場では再生パルプをさらに精選除塵、脱墨および漂白などを行うことで良質で高白色度の再生パルプを得、これを主原料として中・下級の印刷用紙まで製造し、排煙、悪臭、廃液、排水およびスラッジなどのいっさいを処理処分できる技術をあわせて完成した。これにより日本は世界に先駆けて、紙パルプ産業を極低公害型の持続可能な基幹産業として再構築することに成功した。また周辺諸国への技術の指導普及にもつとめ、今後ともその進化が期待されている。
[御田昭雄]