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  11. 清少納言
日本大百科全書(ニッポニカ)

清少納言
せいしょうなごん

生没年未詳。平安時代中期の歌人、随筆家。966年(康保3)のころ生まれて1025年(万寿2)のころ没したと推測されている。父は歌人清原元輔(もとすけ)であるが、母は明らかでない。966年に元輔は59歳であり、年齢に差のある異腹の兄姉、雅楽頭(うたのかみ)為成(ためしげ)、大宰少監(だざいのしょうげん)致信(むねのぶ)、花山院(かざんいん)殿上法師(てんじょうほうし)戒秀(かいしゅう)、藤原理能(まさとう)妻がいた。清原氏には和歌や漢学に精通した者も多く、恵まれた環境下に成人し、981年(天元4)のころ陸奥守橘則光(むつのかみたちばなののりみつ)と結婚し、則長をもうけたが、離別し、父元輔も990年(正暦1)に肥後守(ひごのかみ)として83歳で任地に没した。993年に一条(いちじょう)天皇の中宮定子(ていし)のもとに出仕し、約10年間の女房生活を送った。清少納言の清は清原氏を意味するが、なぜ少納言とよばれるかは明らかでない。多数の才媛(さいえん)に交じって才能を発揮し、藤原実方(さねかた)・同公任(きんとう)・同斉信(ただのぶ)・同行成(ゆきなり)らと交流し、快適な日々を過ごしたが、中宮の父道隆(みちたか)が没して政権は道長に移動し、中宮の兄弟の伊周(これちか)・隆家(たかいえ)が大宰権帥(ごんのそつ)・出雲権守(いずものごんのかみ)に左遷させられる事件が起こり、清少納言も道長方に内通しているといった噂(うわさ)をたてられて、私邸に籠居(ろうきょ)したこともあった。その間に初稿本の『枕草子(まくらのそうし)』を執筆して人々の賞賛を博す。再出仕後に増補するが、現存本の完成は、中宮が1000年(長保2)に崩御したのちのことである。
 その後の清少納言の動静は明らかでない。摂津守(せっつのかみ)藤原棟世(むねよ)と再婚して歌人小馬命婦(こまのみょうぶ)をもうけているが、その時期についても諸説がある。『紫式部日記』は彼女の学才を疑い、他人と異なることを好む性向を批判するが、『枕草子』は中宮のめでたさを賛美し、自己の観察した世界を記す。赤染衛門(あかぞめえもん)や和泉式部(いずみしきぶ)ら女流歌人とも交流し、その明るい人柄は多数の人々から敬愛された。晩年は月輪(つきのわ)(京都市東山区月輪町)に隠棲(いんせい)し、宮仕え時代と比べると寂しい生活を送ったが、零落し、放浪したという『無名草子(むみょうぞうし)』『古事談』などの説話は事実ではなかろう。家集『清少納言集』がある。
[上野 理]

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18. 小倉百人一首(62) 歌人/清少納言[百科マルチメディア]画像
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日本方言大辞典
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江侍従(ごうのじじゅう)らをもうけた。関白道長夫人倫子(りんし)ならびにその子上東門院彰子(しょうし)に仕え、清少納言、和泉(いずみ)式部、紫式部らとも交友があ ...
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日本架空伝承人名事典
ったので赤染衛門と呼ばれる。大江匡衡と結婚し、挙周(たかちか)、江侍従をもうける。和泉式部、清少納言、紫式部、伊勢大輔らと交流し、『賀陽院水閣歌合』『弘徽殿女御 ...
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一間は、柱と柱の間。「ひかりにあひて」とする本も多い。春秋の夜よりもかえって。『紫明抄』に「清少納言枕草子云、すさましき物、しはすの月よ、おうなのけしやう」とあ ...
26. 朝顔(源氏物語) 490ページ
日本古典文学全集
元輔集)。→四八五ページ注一四。なお「言ひおきけむ人」が、清少納言をさすとすれば、作者の彼女に対する強い対抗意識をうかがい得る。「清少納言と紫式部とは同時の人に ...
27. 排蘆小船(近世随想集) 323ページ
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三十六人集の中の殊に上手の歌、心に懸くべし」。平安時代の随筆。長徳、長保年間の成立。三百余段から成る。清少納言著。一条天皇皇后定子に仕えた作者が、宮廷生活を送る ...
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え,宮中の大饗(たいきよう)などではこれでヤマノイモを煮た芋粥がしばしば供されている。また,清少納言は,金属製の新しい椀に削った氷を入れ甘葛をかけたものを,〈あ ...
30. 遺愛寺
日本大百科全書
(かたむ)けて聴き、香炉峰の雪は簾(すだれ)を撥(はら)いて看(み)る」と詠んだ。清少納言(せいしょうなごん)の『枕草子(まくらのそうし)』第299段の話はこの ...
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日本国語大辞典
ためしも久しき松脂かな」(ロ)流儀、芸風などをいう場合。*十訓抄〔1252〕一・清少納言依香炉峰雪詩撥御簾事「清少納言〈略〉清原元輔女にて、其家の風吹伝へたりけ ...
32. いかなら・む【如何ならむ】
全文全訳古語辞典
❶どんなであろう。どうだろう。 「少納言よ、香炉峰の雪はいかならむ」〈枕草子・雪のいと高う降りたるを〉清少納言よ、香炉峰の雪はどんなであろう。❷どうなるのだろう ...
33. 池
世界大百科事典
目的とした池が現代科学による技術をもってつくられつつあって,それらの多くは立地上,古来の池と同じ環境にある。 清少納言は《枕草子》に,〈池は,かつまたの池。磐余 ...
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全文全訳古語辞典
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35. 和泉式部
世界大百科事典
浴びた式部は,道長から〈うかれ女〉といわれたように,奔放な生涯を送った。そのため式部は早くから,紫式部の貞淑,清少納言の機知,赤染衛門の謙譲に対して,愛情一筋に ...
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道長から「うかれ女」といわれたように、奔放な生涯を送った。そのため式部は早くから、紫式部の貞淑、清少納言の機知、赤染衛門の謙譲に対して、愛情一筋に生きた女の典型 ...
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輙弃者徒一年半〈大伴家持〉」*俳諧・其袋〔1690〕夏「清少納言の橋はと有(ある)一条、あさむつのとかける所也」*浮雲〔1887〜89〕〈二葉亭四迷〉一・二 ...
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日本大百科全書
振るった。多数の人材が輩出し、宮廷文化が栄華を極め、ことに女流文学が栄え、紫式部(むらさきしきぶ)、清少納言(せいしょうなごん)をはじめとする女房らが後宮で活躍 ...
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世界大百科事典
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41. いちじょうてんのう【一条天皇】
日本人名大辞典
藤原兼家が摂政となる。のちその子道長が右大臣ついで左大臣となって政治の実権をにぎった。治世中,清少納言,紫式部,和泉式部らが活躍。寛弘(かんこう)8年6月22日 ...
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43. いで‐きた・る【出来】
日本国語大辞典
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(第一二六・一二七・一八四話)採られている。陸奥守であった橘則光の次男(?~一〇六〇)。母は清少納言か。式部大丞、蔵人、中宮少進、駿河守などを歴任。『後拾遺集』 ...
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→八五ページ注一〇。橘敏政の子。蔵人、長徳三年(九九七)正月、左衛門尉、検非違使。遠江権守、陸奥守などを歴任。清少納言の夫であったこともあり、『枕草子』の「里に ...
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