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  11. 懐風藻
日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典・国史大辞典

日本大百科全書(ニッポニカ)
懐風藻
かいふうそう

漢詩集。1巻。撰者(せんじゃ)については、淡海三船(おうみのみふね)説、葛井広成(ふじいのひろなり)説、石上宅嗣(いそのかみのやかつぐ)説などがあるが未詳。751年(天平勝宝3)成る(序文による)。近江(おうみ)朝以降、奈良朝中期の天平(てんぴょう)ごろまでの約八十数年間のわが国の詩人64人の漢詩120首を、ほぼ時代順・作者別に配列して一巻にまとめている。作品によっては詩序を付したもの(6編)、作者によっては漢文による略伝を付したもの(9編)があり、わが上代漢文学の総集として唯一のもの。その作品傾向は、宮廷を中心とした侍宴(じえん)や応詔の作が多く、少数の詠物詩をも含んでいて、中国の六朝(りくちょう)・初唐詩に学んだ跡が濃厚。おもな作者には、大友皇子(弘文(こうぶん)天皇)、大津皇子、文武(もんむ)天皇、藤原史(ふびと)、長屋王(ながやのおおきみ)、藤原総前(ふささき)、同宇合(うまかい)、同万里(まろ)、石上乙麻呂(おとまろ)らがある。686年(朱鳥1)謀反事件で刑死した大津皇子の「金烏臨西舎 鼓声催短命 泉路無賓主 此夕離家向」は、『万葉集』の「ももづたふ磐余(いはれ)の池に鳴く鴨(かも)を今日のみ見てや雲がくりなむ」とともに有名。
[藏中 進]


改訂新版・世界大百科事典
懐風藻
かいふうそう

現存する日本最初の漢詩集,1巻。751年(天平勝宝3)11月成立。書名は〈先哲の遺風を懐(おも)う詩集〉の意をもつ。撰者はその序文に名を記さず,淡海三船(おうみのみふね)など数説にのぼり,最近白壁王(後の光仁天皇)説もあるが,未詳。冒頭に,梁の昭明太子編集の《文選(もんぜん)》の序などを参考にした序文を置き,日本の漢詩の歴史的展開を巧みに記し,さらに編集事情を述べる。詩数は近江奈良朝の詩120首。これを大友・河島・大津皇子以下ほぼ時代順に配列し,その64名の詩人は,文武天皇,諸王,官人,僧侶など多彩にわたる。詩形は五言が大部分を占め,五言八句の詩が多いが,平仄(ひようそく)を顧慮しない詩が少なくない。詩の内容は,侍宴応詔など公的なうたげの詩が多く,遊覧の詩がこれに続き,珍しく述懐・詠物・七夕などの詩をも含む。詩句の中には,中国の詩の改作に過ぎないものもあり,また《文選》はもちろん,当時伝来していた初唐の王勃(おうぼつ)や駱賓王(らくひんのう)の詩文を学んだ跡も見られる。とくに左大臣長屋王周辺の官人,および以後の官人作の〈詩序〉数編の佳品は,王勃らの詩序を参考にした点が顕著である。儒教,老荘神仙などの中国思想をもつ句もあるが,深く学んだものではない。本書には万葉歌人の詩もあるが,歌に比してつたなく,作詩の困難さを示す。とはいえ,詩という中国的表現を試みたことは,わが上代人の表現を知る上で注目に値する。
[小島 憲之]

[索引語]
淡海三船 白壁王 王勃 駱賓王

国史大辞典
懐風藻
かいふうそう
現存するわが国最古の漢詩集。編者は未詳だが、淡海三船(林春斎説)、葛井広成(武田祐吉説)、石上宅嗣(川原寿一説)、藤原刷雄(山岸徳平説)、最後の詩「歎〓老」の作者たる亡名氏(久保天随説、ただし武田はこれを広成とする)、作をとどめぬ某(林古渓説)、仏家(福井康順説)らがあげられている。一巻。天平勝宝三年(七五一)十一月成立。巻頭に序文を掲げ、目録を置き、ついでほぼ年代順・作者別に詩を連ねる。序文は古来の学問・文芸の歴史を述べ、古人をしのび、散佚をおそれて六十四人、百二十首の詩を集めたとし、先人の遺風を忘れぬために「懐風」と名づけたともいう。『懐風藻』の「藻」は、石上乙麻呂の詩集『銜悲藻』(現存しない)にならったと思われる。詩人は六十四人、大友皇子(弘文天皇)から葛井広成に及び、巻頭あたりの大友・河(川)島・大津の諸皇子、釈智蔵・葛野王・釈弁正と、巻末近い釈道慈・釈道融・石上乙麻呂との九人にだけ伝記がつけられている。詩は群書類従本がもっとも多く百十八首をのせるが、うち「山中」「歎〓老」はのちの追加と思われ、釈道融の詩四首が脱落していると考えられる。道融には校異の形で別の一首が入ってもいる。もっとも、これ以外の百十六首が、必ずしもすべて信じられるわけではない。大津皇子の「述志」一首は一聯しかなく、「後人聯句」がつけられ、かつ大津の句は『東大寺諷誦文稿』に類句があり、『万葉集』の大津の歌と似通い、七言という新しい形で、後人の句も大津皇子謀反事件を内容としている。同じく事件に関する、次の「臨終」も後周や金代の臨刑詩と同想で、『万葉集』にも臨終歌があり、これらはのちの補入を疑わせるところがある。そのような疑問をふくんではいるが、とにかく現形についてみると、まず詩形は五言詩が圧倒的に多く百九首、七言は七首にすぎない。その上に句数を考え合わせると、『懐風藻』の大体の傾向は中国初唐の詩の傾向に似通っている。また詩題については公宴の詩が目立ち、晴れの作品集の感も抱かせるが、『文選』などと比較すると雑詩の比率が大きく、公宴詩が七一〇―二〇年代の長屋王時代に集中している。このことと関連するのが儒教思想で、対立的な老荘思想は少ないにしろ、儒教思想の見られるのはほとんど公宴詩で、『懐風藻』全体が硬直した政教の詩集なのではない。それは作者についてもいえることで、平安時代の勅撰三集から『本朝文粋』とくだるに従って漢学者の活躍が目立つのに対して、『懐風藻』では、漢学者でも渡来氏族の人でもない一般官人が、作者としてもっとも多い。しかも彼らの中で最多数をしめるのは、極位が五位の人々で、多くの一般下級官人が、『懐風藻』の詩の担い手だったことになる。公宴で作詩するにしろ、より多くは、ふつうに雑詩の世界に感懐を托した官人集団の詩が、『懐風藻』の詩であった。その中できわだって詩数も多く、本格的な詩を残すのが藤原不比等とその三子、総(房)前・宇合・万里(麻呂)で、『万葉集』の大伴氏と対応しつつ、当時の文芸のあり方をもの語っている。宇合には漢詩集二巻すらあったという。また、石上乙麻呂・葛井広成の詩も、達意のものである。しかし彼らは全体にとっては特殊であって、多くの人々はもっと素朴に、和臭にみちた詩を作っている。ともあれ、『懐風藻』は奈良時代の漢詩のほとんどであって、それ以外に伝えられる奈良時代の漢詩は、二十一首にすぎない。なお、現存のテキストは、すべて、長久二年(一〇四一)に文章生惟宗孝言の書写したものが、京都蓮華王院に伝わり、それを康永元年(一三四二)のころ転写したものに基づいている。諸本は、上述のように群書類従本系統の二首の有無による差違があるていど、また来歴志本が元和元年(一六一五)書写、以下すべて江戸時代のものである。刊本は『群書類従』文筆部所収本のほか、天和本(天和四年(一六八四))、その校定本の宝永本(宝永二年(一七〇五))、さらにその校定本たる寛政本(寛政五年(一七九三))の三本がある。なお現今もっとも入手しやすく信頼できるテキストとしては『日本古典文学大系』六九所収本がある。
[参考文献]
今井舎人『懐風藻箋註』、清潭『懐風藻新釈』、沢田総清『懐風藻註釈』、世良亮一『懐風藻詳釈』、杉本行夫『懐風藻』、林古渓『懐風藻新註』、大野保『懐風藻の研究』、楜沢竜吉『和訳詩集懐風藻』、岡田正之『近江奈良朝の漢文学』、柿村重松『上代日本漢文学史』、小島憲之『上代日本文学と中国文学』、同『懐風藻』解説(『日本古典文学大系』六九)、辰巳正明『懐風藻漢字索引』
(中西 進)
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1. 『懐風藻』
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2. 懐風藻
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漢詩集。1巻。撰者(せんじゃ)については、淡海三船(おうみのみふね)説、葛井広成(ふじいのひろなり)説、石上宅嗣(いそのかみのやかつぐ)説などがあるが未詳。75 ...
3. 懐風藻
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現存する日本最初の漢詩集,1巻。751年(天平勝宝3)11月成立。書名は〈先哲の遺風を懐(おも)う詩集〉の意をもつ。撰者はその序文に名を記さず,淡海三船(おうみ ...
4. かいふうそう【懐風藻】
デジタル大辞泉
奈良時代の漢詩集。1巻。淡海三船(おうみのみふね)の撰ともいうが、撰者未詳。天平勝宝3年(751)成立。近江(おうみ)朝以後、約80年間、64人の漢詩120編を ...
5. かいふうそう[クヮイフウサウ]【懐風藻】
日本国語大辞典
奈良時代の漢詩集。一巻。編者は、淡海三船、石上宅嗣、葛井広成など諸説あるが未詳。天平勝宝三年(七五一)成立。近江朝(七世紀後半)以後約八〇年間の漢詩約一二〇首を ...
6. かいふうそう【懐風藻】
国史大辞典
[参考文献]今井舎人『懐風藻箋註』、清潭『懐風藻新釈』、沢田総清『懐風藻註釈』、世良亮一『懐風藻詳釈』、杉本行夫『懐風藻』、林古渓『懐風藻新註』、大野保『懐風藻 ...
7. 懐風藻(かいふうそう)
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8. くゎいふうさう【懐風藻】
全文全訳古語辞典
[書名]奈良時代の漢詩集。編者未詳。一巻。七五一年(天平勝宝三)成立。わが国最古の漢詩集。近江朝以降八〇年余にわたる、天皇以下六四人の作品一二〇編を収録。中国六 ...
9. 淡海三船撰懷風藻 (見出し語:淡海三船)
古事類苑
文學部 洋巻 第2巻 453ページ ...
10. 秋
日本大百科全書
ひゆくをかぎりと思へば」などに典型的にみられる秋の悲哀感は『万葉集』にはまだみられないが、『懐風藻(かいふうそう)』には「秋気悲しぶべし」(下毛野虫麻呂)、「詩 ...
11. 麻田陽春
世界大百科事典
730年(天平2)冬,大宰大典として大宰府にあり,大伴旅人や山上憶良らと交わり,《万葉集》に短歌4首,《懐風藻》に漢詩1首を残す。739年外従五位下,晩年石見守 ...
12. あさだの-やす【麻田陽春】
日本人名大辞典
あたえられる。大宰大典(だざいのだいさかん)のときの歌など4首が「万葉集」巻4,5に,漢詩1首が「懐風藻」におさめられている。56歳で死去。姓は浅田ともかく。 ...
13. あさだのようしゅん【麻田陽春】
国史大辞典
位上大宰大典として在任、同十一年正月外従五位下。のち石見守。『万葉集』に大宰府での歌四首、『懐風藻』に同十七年九月以降作の五言詩一首(または二首、異説あり)を残 ...
14. 飛鳥時代画像
日本大百科全書
、和歌史上、前の時期とともに一つのピークを形づくった。漢文学においても、奈良朝末に編まれた『懐風藻(かいふうそう)』の序には近江(おうみ)朝における漢文学の興隆 ...
15. あべの-おびとな【阿倍首名】
日本人名大辞典
歴任。養老5年衛士(えじ)の逃亡をふせぐために勤務年数の短縮を奏上し,任期が3年となった。「懐風藻」に詩がみえる。神亀(じんき)4年2月13日死去。64歳。姓は ...
16. 阿倍広庭
世界大百科事典
,732年2月没した。このとき中納言従三位兼催造宮長官知河内和泉等国事であった。《万葉集》《懐風藻》にその作品を遺している。後藤 四郎 ...
17. あべのひろにわ【阿倍広庭】
国史大辞典
事。神亀四年(七二七)従三位中納言。天平四年(七三二)二月没す。ときに催造宮長官も兼ねる。『懐風藻』『万葉集』に広庭の詩歌がみえ、文人でもあった。 (志田 諄一 ...
18. あべの-ひろにわ【阿倍広庭】
日本人名大辞典
神亀(じんき)4年従三位,中納言となり,のち催造宮長官をかねる。歌4首が「万葉集」巻3,6,8に,詩2編が「懐風藻」にみえる。天平(てんぴょう)4年2月22日死 ...
19. い‐い【依依】
日本国語大辞典
柳の自然の趣ぞ」*詩経‐小雅・采微「昔我往矣、楊柳依依」(2)離れるに忍びないさま。恋い慕うさま。*懐風藻〔751〕和藤江守詠裨叡山先考之旧禅処柳樹之作〈麻田陽 ...
20. いきの-こまろ【伊吉古麻呂】
日本人名大辞典
)4年功労により綿,布などをあたえられる。天平(てんぴょう)4年下野守(しもつけのかみ)。「懐風藻」によれば,上総(かずさの)守にも任じられた。氏は伊支,雪とも ...
21. い‐ぎ[ヰ‥]【囲棊】
日本国語大辞典
〔名〕「いご(囲碁)」に同じ。*懐風藻〔751〕釈弁正伝「以〓〓囲棊 ...
22. い‐ご[ヰ‥]【囲碁】
日本国語大辞典
〔名〕碁(ご)。また、碁を打つこと。*懐風藻〔751〕釈弁正伝「以〓〓囲棊 ...
23. 石川石足
世界大百科事典
河内守をはじめとし,左右大弁,大宰大弐を歴任,729年従三位に叙され,左大弁として没した。《懐風藻》に詩文を収める。梅村 喬 ...
24. いしかわのいわたり【石川石足】
国史大辞典
にかりに参議となった。時に正四位上左大弁。同年三月従三位に進んだが、八月九日没。六十三歳。『懐風藻』に「五言春苑応詔一首」を残している。その一周忌にあたる同二年 ...
25. いしかわの-いわたり【石川石足】
日本人名大辞典
議となり,鈴鹿王(すずかおう)の宅に派遣され,長屋王の親族らの赦免をつたえた。のち従三位。「懐風藻」に詩1首がある。天平(てんぴょう)元年8月9日死去。63歳。 ...
26. いしだぐん【石田郡】長崎県:壱岐国
日本歴史地名大系
祀るとともに、壱岐島司に任じられ、壱岐卜部の系統を引く人物であることがうかがえる。父の古麿は詩に巧みで「懐風藻」にとられ、母は下野守秦大魚の女。雪野宅満のものと ...
27. 石上乙麻呂
世界大百科事典
?-750(天平勝宝2) 奈良時代の貴族。《万葉集》に短歌2首,《懐風藻》に詩4首。石上氏の出身で,左大臣麻呂の三子,文人の首(はじめ)宅嗣(やかつぐ)の父。風 ...
28. いそのかみのおとまろ【石上乙麻呂】
国史大辞典
天平五年ごろ遣唐大使に推されたが往かずに終ったという。詩文を好み、その集『銜悲藻』二巻は伝わらないが『懐風藻』に五言詩四首あり、『万葉集』に短歌二首、さらに長歌 ...
29. いそのかみの-おとまろ【石上乙麻呂】
日本人名大辞典
る。18年遣唐大使にえらばれたが,発遣は中止された。20年従三位,のち中納言。詩文にすぐれ「懐風藻」「万葉集」に詩歌をのこす。天平勝宝2年9月1日死去。名は弟麻 ...
30. いちじん【一人】
国史大辞典
用例であるが、これは唐令の三師(太師・太傅・太保)の職掌と全く同文である。一人の語はおもに『懐風藻』以下の漢詩文類や、『平家物語』『太平記』などの漢文調の部分に ...
31. いち‐ぜつ【一絶】
仏教語大辞典
「絶」は絶句の意 1 一つの絶句。また一首の短歌の意に用いる。 2 転じて、辞世の句。 懐風藻 臨終〈大津皇子〉 「五言。臨終、一絶。金烏西舎に臨らひ、鼓声短 ...
32. いち‐めん【一面】
日本国語大辞典
」(3)はじめて会うこと。また、一度だけ会うこと。*懐風藻〔751〕初秋於長屋王宅宴新羅客〈調古麻呂〉「一面金蘭席、三秋風月時」*報徳記〔1856〕三「 ...
33. いっ‐こ【一個・一箇・一ケ】
日本国語大辞典
〔名〕(1)物一つ。または、人ひとり。*懐風藻〔751〕在常陸贈倭判官留在京〈藤原宇合〉「懸〓我一箇之榻 ...
34. いっ‐しゅ【一首】
日本国語大辞典
〔名〕詩や和歌の一作品。*懐風藻〔751〕「河島皇子 一首」*万葉集〔8C後〕一・一三・題詞「中大兄 近江宮御宇天皇 三山歌一首」*平家物語〔13C前〕七・忠度 ...
35. いつ‐ぶん【逸文】
日本国語大辞典
〔名〕(1)世間に知られていない文章。いつもん。(2)散逸して世間に伝わらない文章。いつもん。*懐風藻〔751〕序「遂乃収〓魯壁之余蠧 ...
36. 逸文(風土記) 445ページ
日本古典文学全集
地域。『書紀』ではより限定して、「丹敷浦」(三重県度会郡紀勢町錦)とある。金烏は太陽の象徴(懐風藻)。『書紀』には天照大神が「頭八咫烏」を遣わしたとある。「金色 ...
37. 逸文(風土記) 474ページ
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『大宝律令』撰定にも参加している(文武四年〈七〇〇〉~大宝元年〈七〇一〉)。この後、まもなく卒去したらしい。『懐風藻』に漢詩が載り、「皇太子学士」とあり、享年「 ...
38. 逸文(風土記) 521ページ
日本古典文学全集
天平四年八月丁亥(十七日)に任命。『万葉』九七一~九七四に送別歌が載り(高橋虫麻呂・天皇)、『懐風藻』に「奉西海道節度使之作」が載る(九三)。乙類風土記の編者に ...
39. いぬかみおう【犬上王】
日本人名大辞典
文武(もんむ)天皇の葬儀の御装司(みよそいのつかさ)をつとめる。和銅元年宮内卿。正四位下。「懐風藻(かいふうそう)」に漢詩1首があり,治部卿としるされている。和 ...
40. いみ‐き【忌寸】
日本国語大辞典
て曰く更に諸氏の族姓を改めて、八色(くさ)の姓を作りて〈略〉四つに曰はく、忌寸(イミキ)」*懐風藻〔751〕目録「正五位下大学頭調忌寸老人」*続日本紀‐天平宝字 ...
41. いよべのうまかい【伊余部馬養】
国史大辞典
皇太子学士で大宝二年ころ四十五歳で没したか。丹後国司のときに「水江浦島子伝」を作り(『丹後国風土記』逸文)、『懐風藻』に五言十二句詩を一首残す。 [参考文献]滝 ...
42. いよべの-うまかい【伊余部馬養】
日本人名大辞典
令撰定の功で禄をさずけられる。丹後守のとき,「水江浦島子伝(浦島伝説)」を採録したという。「懐風藻」に1首おさめられている。大宝2年死去。氏は伊与部,伊預部,名 ...
43. い‐れつ[ヰ‥]【遺烈】
日本国語大辞典
〔名〕先人の残した功績。後世に遺るりっぱな業績、功績。*懐風藻〔751〕石上乙麻呂伝「自〓登 ...
44. いわたの【石田野】長崎県:壱岐郡/石田町
日本歴史地名大系
壱岐島司に任じられており、壱岐卜部の系統を引く人物であることがうかがえる。また父の古麿は詩に巧みで「懐風藻」に詩をのせ、母は下野守秦大魚の娘とある。宅満のものと ...
45. いん‐いつ【隠逸】
日本国語大辞典
〔名〕俗世を離れ、山里などにひとり隠れ住むこと。また、その人。隠遁。*懐風藻〔751〕春日侍宴〈藤原史〉「隠逸去幽藪、没賢陪紫宸」*明衡往来〔11C中か〕下末「 ...
46. nbsp;いん‐しょう[‥シャウ]【殷昌】
日本国語大辞典
〔名〕ゆたかでさかんなこと。繁盛。*懐風藻〔751〕序「於〓是三階平煥。四海殷昌。旒 ...
47. 隠者
日本大百科全書
十全とはいえないにせよ、彼らの大多数は隠者として生涯を終えている。隠遁へのあこがれは、古く『懐風藻(かいふうそう)』や『古今和歌集』にも色濃く現れている。 第二 ...
48. いんとう の 網(あみ)
日本国語大辞典
三方を解いてやり、自分の網に入るようにいったといわれる故事から)寛容な徳のある政治をいう。*懐風藻〔751〕侍宴〈藤原総前〉「錯繆殷湯網、繽紛周池蘋」*柳宗元‐ ...
49. いん‐めつ【湮滅・隠滅】
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〔名〕(1)うずもれてなくなること。あとかたもなく消えうせること。また、消してしまうこと。消滅。*懐風藻〔751〕序「言念〓湮滅 ...
50. ウグイス画像
日本大百科全書
漢詩集『懐風藻(かいふうそう)』(751)以降のことで、それまでは「竹に鶯」が普通であった。梅も、もとは日本に自然分布せず、飛鳥(あすか)時代に中国から持ち込ま ...
「懐風藻」の情報だけではなく、「懐風藻」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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