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  11. 本朝文粋
国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典

国史大辞典
本朝文粋
ほんちょうもんずい
平安時代の漢詩文。藤原明衡編。十四巻。康平年間(一〇五八―六五)に成るか。弘仁期から長元期に至るまでの二百年間の詩文四百二十七篇を収める。書名は宋の姚鉉の『唐文粋』に倣い、わが国の文章の精粋を集めたことによる。平安時代中期から邦人の秀句の朗詠が行われ『和漢朗詠集』が生まれたが、秀句を含む文章全体の蒐集が世人から求められたことや、学生の文学教育に役立ち学者が文章作成の時に参考にしたいという目的で編纂された。六十八人の作者の中心は菅原・大江両家を頂点とする儒者で、延喜年間(九〇一―二三)・天暦年間(九四七―五七)・寛弘年間(一〇〇四―一二)の三時期の作者が多いことは、編者の意図がこの詩文黄金時代の作品を集めることにより、文運隆盛を回顧謳歌したかったのであろう。編纂に際して資料となったのは、『扶桑集』『本朝麗藻』などの撰集、『菅家文草』『江吏部集』などの家集、『令義解』や三代格および散逸した諸家集や公文書の類である。本書には排列や所収作品を異にする異本が存するがいずれも零本で全体の構成が推測されぬ上に、本書が後世それぞれの文体の文章が独立して享受使用されたことから、後人の恣意による加筆添削の可能性もあるので、その原形は流布本の十四巻と考えたい。作品は賦・雑詩・詔・勅書・意見封事・対策・表・奏状・書状・序・詞・讃・論・銘・記・伝・祭文・呪願・表白・願文など三十九部門に分類されていて、その体裁は『文選』に倣っているが、仏教関係の文章や和歌序などは独自である。また詩は雑詩のみを収め、表の多くは辞表で奏状は位官の申請が中心をなし、序は宴集の詩序が多いことなど、わが国の事情に適した内容を持つ。本書に収載された文章は四六駢儷体で、その華麗な表現と技巧的な対句は平安時代の文章の頂点を表わしている。しかも当時行われた多くの文体(文章の種類)を含んでいるので、文章の形式を知る上でも便利である。内容的にも注目されるものが多く、兼明親王の「菟裘賦」と慶滋保胤の「池亭記」が双璧といえる。三善清行の「意見十二箇条」は経世の大論文として知られる。「白箸翁詩序」「道場法師伝」の平明な散文や、「男女婚姻賦」「鉄槌伝」の卑猥な戯文に編者の独創性が窺えようか。本書の後代作品への影響は広範囲に及び、その分類編纂は『本朝続文粋』など文集の規範となり、その文章は『作文大体』『王沢不渇鈔』に引用されて種々の形式の文章作成の手本になった。また文章の秀句は朗詠や唱導を通して人々に賞翫され、漢詩文はもちろん中世の仮名作品に引用されて和漢混淆文の完成に貢献した。本書によって平安時代の文章は把握できるといって過言ではない。鎌倉時代の写本に宮内庁書陵部本(巻六)・金沢文庫本(巻一)・大河内本(巻十三・十四、重要文化財)・石山寺本(巻五・七、同)・真福寺本(巻十二・十四、同)・身延久遠寺本(巻一欠、十三冊、同)などがあり、完本に静嘉堂文庫本・内閣文庫本などが存する。寛永六年(一六二九)古活字本と慶安元年(一六四八)刊本がある。『(正続)本朝文粋』、『(新訂増補)国史大系』二九下、柿村重松『本朝文粋註釈』などに翻刻される。
[参考文献]
川口久雄『平安朝日本漢文学史の研究』下、大曾根章介「本朝文粋の原形について」(『国語と国文学』四六ノ一一)、同「本朝文粋の成立―その典拠について―」(同四三ノ三)、同「本朝文粋の分類と排列」(同四五ノ五・六)、同「平安時代における対偶表現」(同六一ノ五)、同「『本朝文粋』成立試論」(『中央大学文学部紀要』一三四)
(大曾根 章介)


日本大百科全書
本朝文粋
ほんちょうもんずい

平安時代の漢詩文集。14巻。藤原明衡撰(あきひらせん)。康平(こうへい)年間(1058~65)ごろ成立か。宋(そう)の姚鉉(ようげん)の『唐文粋(とうぶんすい)』に倣い、平安時代の詩文の優れたものを選んで後世の作文の手本にし、子弟の文学教育に役だてる目的で編纂(へんさん)した。嵯峨(さが)天皇から後一条(ごいちじょう)天皇まで17代200余年間における69人の作品427編を収める。作者は天皇から国司に及ぶが、菅原(すがわら)・大江の両家を頂点とする学者詩人が中核を占めており、編者は延喜(えんぎ)(901~923)、天暦(てんりゃく)(947~957)、寛弘(かんこう)(1004~12)の漢詩文隆盛時代を謳歌(おうか)回顧したかったのであろう。その資料となったのは『扶桑集(ふそうしゅう)』などの撰集、『菅家文草(かんけぶんそう)』などの家集および公文書と思われる。分類の体裁は『文選(もんぜん)』に倣っているが、当時の社会事情に適した内容を有しており、作品の配列には編纂意図がうかがわれるが、完全な配列基準をもっていない。その作品は華麗な表現と巧緻(こうち)な対句をもつ四六駢儷(べんれい)文で、文章の精粋の名に恥じない。しかも当時行われたあらゆる文章の種類を含んでいるので、当時の文章の形式を知ることもできる。表現の華麗に反して内容の空虚なものが多いが、兼明(かねあきら)親王の「莵裘賦(ときゅうふ)」や慶滋保胤(よししげのやすたね)の「池亭記(ちていき)」のような傑作もあり、また「白箸翁(はくちょおう)」「道場法師伝」のような散文や「男女婚姻賦」「鉄槌(てっつい)伝」のような猥雑(わいざつ)な戯文に編者の独創性がうかがえる。本書の後代文学に及ぼした影響は広範で、その分類編纂が後の文集の規範になり、その文章は作文指南書に引用されて手本になり、その秀句は朗詠や唱導を通して人々に賞翫(しょうがん)され、中世の軍記物語や謡曲に引かれて和漢混交文の完成に大きな貢献をした。
[大曽根章介]



改訂新版・世界大百科事典
本朝文粋
ほんちょうもんずい

平安朝漢詩文の総集。14巻。詩中心の総集《扶桑集》(紀斉名(ただな)撰)に対して,日本最初の文中心の総集。編者は藤原明衡(あきひら)。1058年(康平1)ごろの成立か。書名は《唐文粋》により,組織・体式は《文選》による。9世紀前半~11世紀前半の作家69人の傑作427編を文体によって39類に分ける。大江家,菅原家を中心とする当代の文人とその代表的作品をほとんど網羅し,王朝漢文学を一望の下におく。日本漢文学研究上必読の書。当年の社会生活を知り,歴史の欠を補う王朝の優れた文化遺産である。本書は模範文例集として,後代,文章の典範となり,文章編纂の規範となった。その佳句・秀句は朗詠や説教,唱導,軍記や謡曲,往来物に流れ込み,日本文学に多大の影響を及ぼした。

 巻一は賦と雑詩。兼明(かねあきら)親王《菟裘賦(ときゆうのふ)》は王朝を代表する傑作の一つ。讒(ざん)によって嵯峨亀山に隠退した憤懣(ふんまん)を直叙する怒りの文学。また源順(したごう)《無尾牛歌》《夜行舎人鳥養有三歌》《高鳳刺貴賤之同交歌》は尾のない牛や夜行の翁に自己を託して政府高官を誹(そし)りつつ,老いて微官を嘆く自嘲がにじむ。兼明や順に見られる藤原氏専制下における批判は,和歌や日本語散文の世界よりも漢文学の世界に現れるのは注目すべきところである。紀長谷雄(きのはせお)《貧女吟》は深窓に養われた美女もいまや老いて病む貧しい独居生活を描写し,大江朝綱(あさつな)《男女婚姻賦》はポルノグラフィックな戯文としてともに異色の作。巻二は詔,勅書,勅答,位記,勅符,官符,太政官符,意見封事など公文書の類,実用的文例を収める。三善清行《意見十二箇条》は見識の高さを示す王朝最高の文章。当年の社会・経済の病弊を抉(えぐ)り,痛烈に批判して,国政の方向を提示する。ときに清行68歳。ほとんど盲目の身で書いた王朝白書で,日本社会史研究上の重要資料である。巻三は対冊。当時の上級国家公務員試験の問題と解答13例。巻四~巻七は表と奏状(いわゆる博士の申文)。博士たちが心血を注いだ華麗な〓儷(べんれい)体の奏状は,官爵を求める悲痛な叫びに満ちた四六文の精華。王朝文学のきらびやかな花。《省試詩論》(巻七)は受験生の詩をめぐる試験官大江匡衡(まさひら)と紀斉名の公開討論。中国詩論の研究上にも重要な異色の文学論争は反論,再反論に及ぶ。また小野篁(たかむら)《奉右大臣書》(巻七)は後世に残るプロポーズの模範文である。三善清行《奉菅右相府書》(巻七)は菅原道真に送った異例の辞職勧告書。巻八~巻十一は序を収める。応制の詩序が多い。菅原道真《早春内宴賦春娃無気力詩序》(巻九)は儀礼的装飾文の典型。王朝妖艶美の極致を示す。紀長谷雄《白箸翁詩序》(巻九)や大江以言(もちとき)《見遊女詩序》(巻九)は庶民的世界をとらえた特異な作品。巻十二は詞,行,文,讃,論,銘,記,伝,牒,祝,起請,奉行,禁制,怠状,落書などありとあらゆる文体が百貨店のように並ぶ模範文体展示の巻。都良香(みやこのよしか)《富士山記》は平明に山水を描写し,《道場法師伝》は伝承をありのままに記録する。菅家廊下の日常生活を生き生きと描く菅原道真《書斎記》,宇多法皇の侍臣8人の酒飲み大会における泥酔ぶりを活写する紀長谷雄《亭子院賜飲記》などは事実を平明に直叙する新しい記録体散文である。また慶滋保胤(よししげのやすたね)《池亭記》は自照文学の傑作。《方丈記》の先蹤(せんしよう)としてあまりにも有名である。三善清行《詰眼文》は心と眼とが擬人化され,問答する対話体の興味深い戯文。巻末に《鉄槌伝》を載せる。これは性を大胆,滑稽に描写した異色の王朝ポルノグラフィー。江戸版本や近代の活版本で削除されたことがある。巻十三~巻十四は祭文,呪願,表白,発願,智識,願文,諷誦文,請文を収める。願文などの豊富な資料は,仏教の隆盛に伴う造寺,造仏,法会の盛行を示すもの。文人たちが貴権の求めに応じ精魂を傾けた雕虫篆刻(ちようちゆうてんこく)の美文が多い。

 本書を貫くものは宮廷貴族社会における装飾的美文で,公的な作品であり,晴れの文学である。ここには平安政府が当面したあらゆる問題が読み取られる。時代を映し,社会の矛盾を映し,王朝人士の息づかいをも感じさせる。それは外交文書,軍事文書,国政に対する提言,官爵を求める文人たちの必死の奏状から絵画,彫刻,筆跡に至る。のみならず,まじめな賦の後に洒落(しやれ)た艶賦を置いたり,厳粛な国家試験の終りにふざけた散楽の策問を入れたり,緊張した大臣への上書の中に個人的な恋文を挟んだり,堂々たる伝の後にポルノグラフィックな戯文をなにくわぬ顔で添えたりする。一見,固い漢字の羅列にみえる《本朝文粋》の世界はきわめて多種多様,豊富多彩である。よく読みくだけば思いがけない新鮮な興味深い世界が広がり,真の王朝文学の滋味はむしろ王朝漢詩文の総集の中にあるといえよう。
→菅家後集 →菅家文草
[川口 久雄]

[索引語]
紀斉名 藤原明衡 兼明(かねあきら)親王 源順 紀長谷雄 貧女吟 大江朝綱 男女婚姻賦 三善清行 大江匡衡 菅原道真 大江以言 都良香 慶滋保胤 鉄槌伝
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検索コンテンツ
1. 本朝文粋
日本大百科全書
平安時代の漢詩文集。14巻。藤原明衡撰(あきひらせん)。康平(こうへい)年間(1058~65)ごろ成立か。宋(そう)の姚鉉(ようげん)の『唐文粋(とうぶんすい) ...
2. 本朝文粋
世界大百科事典
挟んだり,堂々たる伝の後にポルノグラフィックな戯文をなにくわぬ顔で添えたりする。一見,固い漢字の羅列にみえる《本朝文粋》の世界はきわめて多種多様,豊富多彩である ...
3. ほんちょうもんずい【本朝文粋】
デジタル大辞泉
平安中期の漢詩文集。14巻。藤原明衡(ふじわらのあきひら)撰。康平年間(1058~1065)の成立か。嵯峨天皇から後一条天皇までの約200年間の漢詩文427編を ...
4. ほんちょうもんずい[ホンテウモンズイ]【本朝文粋】
日本国語大辞典
漢詩文集。一四巻。藤原明衡撰。康平三年(一〇六〇)ごろの成立。嵯峨天皇から後一条天皇時代までの詩文四二七編を、「文選(もんぜん)」の体裁にならって三九項に分類し ...
5. ほんちょうもんずい【本朝文粋】
国史大辞典
ある。『(正続)本朝文粋』、『(新訂増補)国史大系』二九下、柿村重松『本朝文粋註釈』などに翻刻される。 [参考文献]川口久雄『平安朝日本漢文学史の研究』下、大曾 ...
6. 『本朝文粋』
日本史年表
1064年〈康平7 甲辰⑤〉 康平年間 藤原明衡編 『本朝文粋』 成るか。  ...
7. ほんてうもんずい【本朝文粋】
全文全訳古語辞典
[書名]平安中期の漢文集。一〇三七年から一〇四五年(長暦から寛徳)頃成立。一四巻。目録一巻。藤原明衡撰。嵯峨天皇から後一条天皇までの一七代二〇〇余年間における、 ...
8. ぞくほんちょうもんずい【続本朝文粋】
デジタル大辞泉
⇒本朝続文粋(ほんちょうぞくもんずい)  ...
9. ぞくほんちょうもんずい[ゾクホンテウモンズイ]【続本朝文粋】
日本国語大辞典
〓ほんちょうぞくもんずい(本朝続文粋) ...
10. ぞくほんちょうもんずい【続本朝文粋】
国史大辞典
⇒本朝続文粋(ほんちょうぞくもんずい)  ...
11. あい‐あい【曖曖】
日本国語大辞典
〔形動タリ〕うす暗いさま。また、ぼうっとかすんでいるさま。*本朝文粋〔1060頃〕三・詳春秋〈大江以言〉「西堂見〓稼、望 ...
12. あい‐かい【愛海】
日本国語大辞典
〔名〕仏語。愛欲の深く広いことを海にたとえていったことば。*本朝文粋〔1060頃〕一四・村上天皇為母后四十九日御願文〈大江朝綱〉「乃知八正分 ...
13. あい‐かい【愛海】
仏教語大辞典
情愛の深く広いことを海に喩えていった言葉。 本朝文粋 一四・村上天皇母后卌九日御願文〈後江相公〉 「乃知八正分源。断疑網於愛海。三明告暁。飛覚月於昏衢者也」  ...
14. あい‐が【愛河】
日本国語大辞典
生彼浄刹〓〈山上憶良〉」*本朝文粋〔1060頃〕一三・朱雀院平賊後被修法会願文〈大江朝綱〉「又願。燕肝越胆。輪廻之郷無 ...
15. あい‐き【噫気】
日本国語大辞典
〔名〕(1)吐き出す息。呼気。また転じて、風。*本朝文粋〔1060頃〕一・風中琴賦〈紀長谷雄〉「至〓如 ...
16. あい‐きょう【哀矜】
日本国語大辞典
梁三宝〓」*本朝文粋〔1060頃〕四・貞信公辞摂政准三宮等表〈大江朝綱〉「短辞既窮。寸誠未 ...
17. あい‐じつ【愛日】
日本国語大辞典
畏」とあるところから)愛すべき日光。また、冬の日光の異称。*本朝文粋〔1060頃〕一三・為左大臣供養浄妙寺願文〈大江匡衡〉「蒙霧開、愛日暖、可 ...
18. あい‐たい【靉靆・靄靆】
日本国語大辞典
〔名〕(1)(形動タリ)雲がたなびくこと。また、雲などが厚く空をおおっているさま。*本朝文粋〔1060頃〕一・祝雲知隠賦〈大江以言〉「二華触 ...
19. あい‐まい【曖昧】
日本国語大辞典
也」(2)(形動)物事がはっきりしないこと。物事が確かでないさま。あやふや。不明瞭。*本朝文粋〔1060頃〕一一・〓鶯花詩序 ...
20. あい‐らく【哀楽】
日本国語大辞典
〔名〕悲しみと楽しみ。哀歓。*本朝文粋〔1060頃〕九・詩者志之所之詩序〈菅原文時〉「雪月花草助〓其哀楽之音 ...
21. あく‐がん【悪眼】
日本国語大辞典
〔名〕憎しみの眼。険しい眼。あくげん。*本朝文粋〔1060頃〕一四・宇多院為河原左大臣没後修諷誦文〈紀在昌〉「〓為 ...
22. あく‐たく【渥沢】
日本国語大辞典
〔名〕ゆたかな恩恵。豊潤な恩恵。*本朝文粋〔1060頃〕一一・寒菊戴霜抽詩序〈大江朝綱〉「如〓雨如 ...
23. あく‐ふ【握符】
日本国語大辞典
〔名〕(「符」は天子たるべきものに降るとされる天命のしるし)天子の位につくこと。転じて、天子の位。*本朝文粋〔1060頃〕一四・宇多院為河原左大臣没後修諷誦文〈 ...
24. あさひむら【朝日村】愛知県:西春日井郡/清洲町
日本歴史地名大系
[現]清洲町朝日 田中村の北にある。西境を五条川が流れている。猿投神社本「本朝文粋」巻二紙背文書によれば、正安(一二九九―一三〇二)頃「朝日下郷」、嘉元元年(一 ...
25. あじゃせ‐おう[‥ワウ]【阿闍世王】
日本国語大辞典
「あじゃせ(阿闍世)」に同じ。*観智院本三宝絵〔984〕下「阿闍世王仏を請したてまつりて供養したてまつる」*本朝文粋〔1060頃〕一四・華山院四十九日御願文〈大 ...
26. あ‐だ【婀娜】
日本国語大辞典
春嵐〓」*本朝文粋〔1060頃〕一・男女婚姻賦〈大江朝綱〉「其意漸感。婀娜以居」*色葉字類抄〔1177〜81〕「婀娜 ...
27. あつ‐うん【遏雲】
日本国語大辞典
〔名〕(「遏」は、止めるの意)飛ぶ雲を止めるほどのすばらしい歌声。*本朝文粋〔1060頃〕三・弁山水〈大江澄明〉「歌山縹眇、其奈〓遏雲之唇 ...
28. あつたく【熱田区】愛知県:名古屋市
日本歴史地名大系
熱田社の門前はある程度門前町を形成していたようで、鎌倉時代の地名には、神戸郷今村・中勢・横田(猿投神社本「本朝文粋」巻二紙背文書)や力王子名内幡屋屋敷(地蔵院文 ...
29. あつたじんぐう【熱田神宮】愛知県:名古屋市/熱田区/宮宿
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社に祈念し(朝野群載)、寛弘元年(一〇〇四)には大般若経六〇〇巻を奉献して祈願をこめている(本朝文粋)。当社は尾張氏の奉斎する神社として、その祀職も同族のなかか ...
30. あつ‐でき【圧溺】
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〔名〕押しつぶされ、おぼれさせられること。*本朝文粋〔1060頃〕三・論運命〈大江朝綱〉「趙長平之軍士。国命共余〓圧溺之悲 ...
31. あつ‐りゅう[‥リウ]【斡流】
日本国語大辞典
〔名〕めぐり流れること。水が渦を巻きながら流れること。転じて、時、物の移り変わること。*本朝文粋〔1060頃〕一・落葉賦〈紀斉名〉「炎涼倏忽、景物斡流」*賈誼‐ ...
32. あび【阿鼻・阿毘】
日本国語大辞典
ci の音訳。無間(むけん)と訳す)(1)「あびじごく(阿鼻地獄)」の略。*本朝文粋〔1060頃〕一二・施無畏寺鐘銘〈兼明親王〉「上従 ...
33. あや‐な・い【文無】
日本国語大辞典
(2)和語として上代に用例が見いだせないのは、漢語に由来する可能性を示唆するとも考えられる。例えば、「本朝文粋‐三・立神祠〈三善清行〉」に「無文之秩紛然」とあり ...
34. あ‐よう[‥ヤウ]【痾恙・痾癢】
日本国語大辞典
〔名〕病気。やまい。*本朝文粋〔1060頃〕二・答入道前太政大臣辞大臣并章奏等表勅〈紀斉名〉「素性潔而執〓清謙 ...
35. あらおごう【荒尾郷】愛知県:東海市
日本歴史地名大系
でない。荒尾郷としての初見は、正安元年(一二九九)八月熱田社領大郷百姓等陳状案(猿投神社本「本朝文粋」巻二紙背文書)である。この文書は「荒尾郷村人」と大郷百姓( ...
36. あん‐か[‥クヮ]【菴菓】
日本国語大辞典
〔名〕「あんまらか(菴摩羅果)」の略。*本朝文粋〔1060頃〕一三・浄妙寺塔供養呪願文〈大江以仁〉「菴菓棗葉、其構雖〓微。魯匠殷工 ...
37. あん‐が【晏駕】
日本国語大辞典
此夜之事〓也」*本朝文粋〔1060頃〕一四・華山院四十九日御願文〈大江維時〉「太上法皇、去月八日高龍雲惨。晏駕霞登」 ...
38. あん‐きゃく【暗脚】
日本国語大辞典
〔名〕(1)(日脚に対し)夕やみの薄暗さ。忍びよってくる夕方の薄くらやみ。(2)ひそかにしのびよる雨あし。*本朝文粋〔1060頃〕一〇・紅葉高窓雨詩序〈橘正通〉 ...
39. あん‐しつ【暗室・闇室】
仏教語大辞典
1 暗い部屋。 本朝文粋 一・未旦求衣賦〈菅贈大相国〉 「暗室嬰帯、懐黔首於不欺」 2 心静かに念仏するために閉めきって暗くした部屋。 往生要集 中・五ノ一  ...
40. あん‐しゃ【安車】
日本国語大辞典
車。昔、中国では、車は立って乗るものであったが、老人などのために安座できるようにしたもの。*本朝文粋〔1060頃〕一・視雲知隠賦〈大江以言〉「仰 ...
41. あん‐しん【安寝】
日本国語大辞典
安寝静密〓」*本朝文粋〔1060頃〕一・孫弘布被賦〈源英明〉「安寝足 ...
42. あん‐ぜん【安然・晏然】
日本国語大辞典
〔形動タリ〕「あんじょ(晏如)」に同じ。*本朝文粋〔1060頃〕七・送大江以言状長保〈藤原行成〉「面謁相隔。思如〓三秋 ...
43. あん‐ちゅう【暗虫】
日本国語大辞典
〔名〕暗がりで鳴く虫。多くコオロギをいう。*本朝文粋〔1060頃〕三・詳春秋〈大江以言〉「庭隅之霜新警、暗虫之声織寒」*白居易‐聞虫詩「暗虫喞喞夜綿綿、況是秋陰 ...
44. あん‐とく【案牘・按牘】
日本国語大辞典
案牘〓嬾先還」*本朝文粋〔1060頃〕六・申従三位状〈菅原文時〉「求 ...
45. あん‐ぺい【暗蔽】
日本国語大辞典
〔名〕煩悩に心がおおわれて、道理がわからないこと。*本朝文粋〔1060頃〕一二・詰眼文〈三善清行〉「踈慵多〓睡。闇蔽無 ...
46. あんらく‐かい【安楽界】
日本国語大辞典
〔名〕「あんらくこく(安楽国)」に同じ。*本朝文粋〔1060頃〕一四・為重明親王家室四十九日願文〈大江朝綱〉「仰願功徳池上、結〓妙果於開示之蓮 ...
47. い‐あい[ヰ‥]【遺靄】
日本国語大辞典
〔名〕残りのもや。名残のもや。*本朝文粋〔1060頃〕三・神仙〈都良香〉「斯皆事光〓 ...
48. い‐い【依依】
日本国語大辞典
点点蒼苔駮、暗〓依依緑柳低」*本朝文粋〔1060頃〕一・柳化為松賦〈紀長谷雄〉「豈敢依 ...
49. いえ 貧(ひん)にしては親知(しんち)少(すく)なく身(み)賤(いや)しくしては故人(こじん)疎(うと)し
日本国語大辞典
(「本朝文粋‐一・秋夜感懐〈橘在列〉」の「家貧親知少、身賤故人疎、唯有長安月、夜々訪閑居」から)家が貧しいと親しく付き合ってくれる人も少なく、落ちぶれてしまうと ...
50. い‐き【依稀】
日本国語大辞典
帯ぶ」*劉禹錫‐荊門道懐古詩「南国山川旧帝畿、宋台梁館尚依稀」(2)よく似た様子。そっくりなさま。*本朝文粋〔1060頃〕一・菟裘賦〈兼明親王〉「唐風雖 ...
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平安前期の漢詩文集。814年(弘仁5)小野岑守、菅原清公、勇山文継らによって編纂撰進された。序文に「凌雲新集」とあるが、普通には「雲を凌ぐほどにすぐれた詩を集めた詩集」の意味で凌雲集とよばれる。782年(延暦1)から814年までの範囲から詩人23人、詩90首(
文華秀麗集(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典・国史大辞典)
平安前期の勅撰漢詩文集。818年(弘仁9)仲雄王、菅原清公、勇山文継、滋野貞主らによって編纂撰進された。詩を分類するのに、遊覧、宴集、餞別、贈答、詠史、述懐、艶情、楽府、梵門、哀傷、雑詠の11の部立てを立てるという斬新な方法を用いている。
経国集(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典・国史大辞典)
平安前期の漢詩文集。827年(天長4)、滋野貞主、良岑安世、菅原清公らによって編纂撰進された。書名は魏の文帝の「典論」にある、「(文章は)経国之大業而不朽」による。もともと20巻だったが、現存するのは巻1「賦」、巻10、11、13、14(以上、詩)、巻20
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和漢朗詠集(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
平安時代、貴族の間に口ずさまれた漢詩文の佳句、および和歌の詞華選集(アンソロジー)。藤原公任の撰として疑われない。二巻。成立年は不明であるが、藤原道長三女でのちに後一条天皇皇后となった女御威子の入内屏風に、倭絵(やまとえ)・唐絵(からえ)とともに配されていたものと
栄花物語(栄華物語)(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
平安時代後期の歴史物語。四十巻(異本系三十巻)。『栄華物語』とも書く。『大鏡』とともに『世継』『世継物語』などとも呼ばれたため、時に両書は混同されたこともある。前三十巻の正編と、後十巻の続編の二部に大別され、まず正編が書かれた後、続編が別人によって書き継がれたもので
浜松中納言物語(日本大百科全書・世界大百科事典)
平安後期成立の物語。現存5巻であるが、首部に1、2巻の欠巻がある。藤原定家筆、御物本『更級日記』奥書に「常陸守菅原孝標(すがはらのたかすゑ)の娘の日記也。(中略)夜半の寝覚、御津の浜松、みづから悔ゆる、朝倉などは、この日記の人の作られたるとぞ」と、『御津の浜松』
更級日記(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
仮名日記文学。菅原孝標女の著。一巻。康平二年(一〇五九)ごろ成立。父の任国上総に伴われた作者が、ひそかに胸に抱いた『源氏物語』への憧憬の気持ちを日記の冒頭に記し、まず寛仁四年(一〇二〇)、十三歳の九月、上総介の任果てて上京する孝標一行の東海道旅の記を綴る。三ヵ月の旅は
夜の寝覚(夜半の寝覚)(日本大百科全書・世界大百科事典)
平安後期の物語。『夜半の寝覚』とも、単に『寝覚』ともよばれる。現在の伝本は五巻または三巻であるが、その中間部分と終末部分とに大きい欠巻部分がある。原形態は、現存本の2倍から3倍の量があったと推定されるが、厳密には不明である。作者については、藤原定家が『浜松中納言物語』
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