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国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典

国史大辞典
択捉島
えとろふとう
千島列島中、最大の島で国後島の北東、得撫島の南西に位置する。面積は三一三九平方キロ。寛永二十年(一六四三)オランダ船によって発見され、スターテン=ラントと名付けられた。わが国には本島東部の蝦夷を通じて古くから知られていたが、直接交渉を持ったのは享保十六年(一七三一)、最初に踏査されたのは天明六年(一七八六)のことで、それ以前はロシア人の往来があっただけであった。寛政十二年(一八〇〇)幕府は摂津の船頭高田屋嘉兵衛をしてこの島に漁場を開かせ、吏員を派遣し、盛岡・弘前両藩の兵を駐屯させ、住民の同化撫育を図った。文化四年(一八〇七)ロシアの乱妨にあったがよく耐え、安政元年(一八五四)日露和親条約でわが領土と認められた。万延元年(一八六〇)仙台藩領となったが、明治二年(一八六九)八月、択捉・紗那・振別・蘂取(しべとろ)四郡をおき、国後とともに千島国を形成した。現在ソ連の占領下にある。
[参考文献]
『(新撰)北海道史』二・五、高倉新一郎『千島概史』
(高倉 新一郎)


日本大百科全書
択捉島
えとろふとう

北海道東部、根室半島東端にある納沙布(のさっぷ)岬の北東110キロメートルにある島。南西は国後(くなしり)水道を隔てて国後島に臨み、北東は択捉海峡を隔てて得撫(ウルップ)島以北の千島列島に連なる。長さ203キロメートル、最大幅30キロメートル、面積3182.65平方キロメートル。火山が多く、最北端に神威(かむい)岳(1322メートル)、中北部に北散布(ちりっぷ)山(1561メートル)、西部に単冠(ひとかっぷ)山(1566メートル)、その西に阿登佐(あとさ)岳(1206メートル)などがある。また南西部の萌消(もえけし)湾は沈水カルデラ、南端のベルタルベ山(1221メートル)は新しい円錐(えんすい)火山であるなど、火山地形の宝庫で、活火山も多い。海岸線は海食崖(がい)が続き、屈曲は少ないが、紗那(しゃな)、単冠湾などの錨地(びょうち)がある。第二次世界大戦前の紗那測候所によれば、月平均気温は2月零下6.9℃、8月15.5℃、年平均気温は4.2℃で、年降水量は約1000ミリメートル。冬の季節風はきわめて強く、夏には濃霧の日が多い。地表はエゾマツ、トドマツ、カンバ類、ミズナラ類、下生えはササが覆っている。サケ、タラ、カレイ、タラバガニなどの漁獲がある。
 1786年(天明6)最上(もがみ)徳内が探検、1798年(寛政10)近藤重蔵(じゅうぞう)が探検して「大日本恵登呂府」の標柱を立てた。翌年、高田屋嘉兵衛が航路を開いたが、定住者は少なかった。第二次世界大戦前は根室支庁(現、根室振興局)管内の択捉郡留別(るべつ)村、紗那郡紗那村、蘂取(しべとろ)郡蘂取村の3郡3村からなり、現在も形式上は存続する。戦前は北洋漁業の基地として紗那などの漁港がにぎわい、人口3729(1942)に達した。単冠湾は、ハワイ攻撃の日本海軍艦艇(かんてい)の集結地(1941年11月)として知られる。日本のいわゆる「北方領土」の一つであるが、戦後はソ連、ソ連解体後はロシア連邦が支配し、サハリン州の所属で、イトルプ島Итурупとよび、紗那をクリリスクと称している。
[渡辺一夫]



改訂新版・世界大百科事典
択捉島
えとろふとう

千島列島南部にある火山島。面積3139km2は千島列島最大で,長径203km,短径6~30kmの細長い形をしている。国後(くなしり)島の北東にあり,択捉海峡を挟んでウルップ島に相対する。1798年(寛政10)近藤重蔵,最上徳内が探検して〈大日本恵登呂府〉の標柱を立て,翌年高田屋嘉兵衛によって航路が開かれた。1855年(安政2)の日露和親条約によって日本領とされた。汽船航路が開かれた92年から漁民を中心とする移住者も増えた。第2次大戦終了まで根室支庁管轄下にあり,4郡に分かれていた。村落は平たん地の多い西海岸に多い。産業は漁業が中心であったが,硫黄,金,硫化鉄などの鉱床にも恵まれている。現在,ロシアの統治下にあり(イトゥルプIturup島と呼ばれる),軍事的な拠点として整備されたといわれる。日本の固有領土の一つとして返還運動が続けられている。
→千島列島
[奥平 忠志]

[索引語]
高田屋嘉兵衛 イトゥルプ島 Iturup
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デジタル大辞泉
[常用漢字] [音]ソク(呉) [訓]とらえる とらえる。つかまえる。「把捉・捕捉」 [難読]択捉(えとろふ)島  ...
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