私のように、日本史を専門にやっている人間からすると、ジャパンナレッジは「宝の山」なんです。
特に重宝しているのが「東洋文庫」。この中には、徳川慶喜の回顧録『昔夢会筆記 徳川慶喜公回想談』(渋沢栄一編、大久保利謙校訂)や、孝明天皇時代の禁裏の生活を記した『幕末の宮廷』(下橋敬長述、羽倉敬尚注・解説)、有職故実の古典『貞丈雑記』(伊勢貞丈著、島田勇雄校注)など、江戸に関する貴重な文献がたくさんあって、研究者ならば一度は手に取るという本が多い。もちろん、重要な本は手元にあって、大事なところには付箋が貼ってあります。でも付箋も増えていきますから、いざ探そうと思った時に時間がかかってしまう(笑)。そんな時はジャパンナレッジを使います。キーワードで検索すれば、引きたかった箇所にすぐにたどり着くことができます。
当然、新しい発見もあります。「大奥」について調べていたのですが、試しにジャパンナレッジの「東洋文庫」で「お局」の単語を検索してみたんです。いちばん多く引っかかったのが、なぜか『アラビアン・ナイト』。女主人のことを、「お局さま」と訳していたんですね。こういうことは、検索してみて初めてわかることです。
「東洋文庫」の中から、みなさんに一つおすすめするとしたら、『甲子夜話』(松浦静山著、中村幸彦・中野三敏校訂)でしょう。肥前国平戸藩主だった松浦静山が、大名などの逸話や市中の風習を綴ったエッセイなのですが、正巻100巻、続巻100巻、第三篇78巻という大著です。これが東洋文庫には、正6巻、続篇8巻、三篇6巻の計20巻にまとめられています。
たとえば、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の性格をあらわすものとして、昔の概説に載っていた「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」という歌がありますよね。あの歌の初出はどこかというと、この『甲子夜話』なんです。これもジャパンナレッジで引くと、すぐに該当箇所を探すことができます。
先日のことですが、長野県の辰野町小野と塩尻市北小野の両地域にまたがる「憑(たのめ)の里」というところに講演に行ってきました。ここは、冷戦時のベルリンのような複雑な区割りになっていて、小野というひとつの里だったものが、領地争いに巻き込まれ、天正19(1591)年、豊臣秀吉の政策により二分されてしまったところなんです。以来、行政区域は二つに分かれたまま、里としては1つという不思議な状況が続いているんです。この里には中学校が1校だけあるんですが、その名も「塩尻市辰野町中学校組合立両小野中学校」(笑)。
こういう場所ですから、講演には下調べをして行かないといけないと思ったのですが、「たのめの里」は「ニッポニカ」にも「国史大辞典」にも載っていません。そこでジャパンナレッジの「日本歴史地名大系」の全文検索を利用すると、歴史的経緯などちゃんとありました。講演で披露して、喜ばれたのは言うまでもありません。
私は長く、東京大学史料編纂所に勤務しています。ここはもともと編年史の編纂をするため、明治時代に政府の肝いりで作られた組織です。それが後に東京大学に移管されたのですが、そうした性格上、日本史の多くの史料がここに収蔵されています。日本は、文字史料がたくさん残された国ですから、その数は膨大なものになります。たとえば私は、近世編年史だけでなく、薩摩島津家を担当し、そこに残された史料の読解と整理にあたっています。
かつて、編年史を担当しているある研究室が、このままのペースで作業を続けたら、何年後に終了するかを計算したそうです。答えを聞いて驚きました。800年かかるというんですから(笑)。
それでも誰かが後世に残していかなければなりません。大げさですが、これが私たちの使命なのでしょう。近年は、活字の史料集を補完するものとして、編年史料のデータベース化を進めています。
歴史学の魅力は、史料という「確実な根拠」に行き当たることができることです。ドストエフスキー好きだった私が、大学に入った時に、文学ではなく、歴史を選択したのもそんな理由がありました。そして、豊臣時代から江戸を研究していくことになるのですが、この時期はまさに、日本の“原型”ができた時代です。この時代をよりよく知ることは、自分にとって、“現代”を感じ取る作業でもあるのです。近世の史料をあたっていくと、そこに日本人の特性があらわれてくる、といったらいいでしょうか。
ジャパンナレッジのユーザーのみなさんには、「東京大学史料編纂所」のホームページ(http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/index-j.html)も、ぜひのぞいていただきたいですね。この中の「データベース検索」でも、さまざまなものが検索できます。ジャパンナレッジで検索したものを、こちらでも検索してみると、さらに新しい発見が見つかるかも知れません。
事典というものは、一つあたったらそれで終わり、というものではありません。さまざまな事典を丁寧にあたっていくことで、知識も思考も深まっていきます。また、検索すればするほど、自分なりのやりかたも見つかってきます。