親子で学ぼう!漢字の成り立ち 親子で学ぼう!漢字の成り立ち

コラムを読む前に

「親子で学ぼう!漢字の成り立ち」を読むための基礎知識

本連載コラムは、日本文字文化機構文字文化研究所(最高顧問・白川静)・漢字普及部漢字普及研究委員会編集の『漢字の成り立ちを正しく学びあう講座』講習教本を出典としています。この教材は、講習会(漢字普及講師養成講習会予科講座)に参加されたお父さんやお母さんがご家庭で、お子さんとご一緒に漢字の持つ面白さを学びあうために作成されたものです。コラムを読む前の予備知識として、あるいは副読本として、本ページをお読みいただければ幸いです。
はじめに
漢字は、中国の殷(いん)の時代(約三千三百年前)に生まれ、悠久の時を生き続けてきました。そこには人々の智恵やものの考え方などの記憶が刻み込まれています。こうした文字の成り立ちを読み解きながら、壮大な漢字の世界を築き上げたのが白川静先生です。
私たちの文字文化研究所は、先生の考えをもとに漢字の成り立ちや意味を正しく伝えることを、主眼においています。それがひいてはお子さんたちの人間としての成長につながるものと確信しています。
楽しく学ぶ
漢字は、その成り立ちや意味や文字体系を正しく学べば大変面白いものです。これまでの漢字教育は、書き取り中心の、しかも詰め込み式だったために、学習意欲の低下を招いてきました。成り立ちの基となる文字がわかると、次から次へと漢字が体系的に理解できるようになります。また、画数の少ない漢字より画数の多い漢字の方が識別しやすく、子どもは画数が多く難しい漢字も視覚的に捉え、大人が思っているよりたやすく理解していきます。
この教材は、漢字の成り立ちや意味を正しく伝えることを目的としています。さらに指導法に工夫を加え、漢字文化を楽しく学べるようにしました。
幼児期から漢字は読める
複雑な漢字は幼児にとっては簡単に読めるものではありませんが、それを視覚的に捉えたイメージは、鮮やかに子どもの脳裏に残ります。それでルビ(振り仮名)を振って親が読んで聞かせるのです。すると子どもは、知らず知らずのうちに漢字の読み方を覚えるでしょう。まずは読めるようになることが大切です。現在の学校教育は、学ぶ漢字の数を制限しています。そして漢字の読み書き能力の低下、さらには学習能力の低下を招いています。子どもは「読む」能力をもっているのです。ですから、低学年ではもっと「読む」教育に重点をおいて漢字を読めるようにすべきです。本来、子どもはすべてに好奇心を持って自ら吸収しようとします。それぞれの子どもにあわせて漢字にふれる機会を与えることは、早ければ早いほど、多ければ多いほどその効果があると言えます。
学習能力を高める
私たちの祖先は、漢字の音訓に加えて「仮名」を合わせ用いることによって、創造性豊かな国語を形成してきました。漢字はすくなくとも紀元四世紀には日本に伝来したのですが、もはや外国語ではなく国字・日本語なのです。漢字・仮名交りの文章に幼少期から馴染んでいる子どもは、文章を読まない子どもと比べ格段に学習能力が高いという調査結果が出ています。文章を読める子はどんどん本を読み、思考力を高めています。日本人は、漢字・平仮名・片仮名・ローマ字などを日本語の表記として自由に使いこなし、多面的で柔軟性・包容力があり、学習能力の高い国民です。
想像力と表現力を豊かにする
今、学校教育において漢字教育は軽視の傾向にあり、漢字文化は危機的状況にあると言っても過言ではありません。それは、次代を担う子どもの思考力・創造力・表現力を豊かにする力を奪っています。漢字はその成り立ちと意味を理解し、さらにその文字体系を学んでいくと、極めて奥深いものがあり、いわば歴史・文化・精神を学ぶことにつながり、豊かな創造力と表現力を育んでくれます。
精神文化と歴史を学ぶ
今日の日本の教科書や漢和辞典の類は、おおむね紀元一〇〇年に後漢(ごかん)の許慎(きょしん)という人が著した『説文解字』をもとにしています。しかし、一八九九年に殷時代の甲骨文字が発見され、その解読が進められ、『説文解字』の文字の説明に不備が多々あることが解りました。
この『説文解字』が書かれた当時は、甲骨文字はもちろん、大部分の金文はまだ地下に埋もれていて発見されておらず、許慎は文字資料として、秦の始皇帝が統一した文字(小篆<しょうてん>・篆文<てんぶん>)に頼らざるを得ませんでした。漢字本来の成り立ちや意味、文字体系を説明する上で不備の生ずるのはやむを得ないことだったと言えます。
この甲骨文字に精緻な研究の照明をあて、「(さい)」を発見し、『説文解字』の解読に批判を加えて新しい文字学の世界を築き上げたのが白川先生でした。
現在、漢字を覚えるためだけの便宜的な解説書が流布しています。例えば、「親」と言う字が「立ち木の横で見まもる親」であるという類です。これは漢字の本来の意味から離れたもので、正しい解釈ではありません。
私たちは、白川先生の文字学に依拠しながら漢字を正しく学ぶ、つまり、正しい漢字の成り立ち、意味や文字体系を学ぶことで、初めて感動をもって漢字を会得することができると考えています。
自然と共生する
漢字の成立したころ、古代人は自然とともに生きてきました。自然には神が宿ると信じ、自然の恩恵に感謝しつつも自然を畏(おそ)れていたのです。漢字はそのような時代背景のもとに生まれました。しかし、現代人は自然と共生するのではなく自然の支配・克服を試みました。二十世紀はそれが頂点に達した時代でした。現代人は自ら驕(おご)り、自然を侮(あなど)り、自然への畏敬や感謝の念を忘れてしまいました。漢字には現代人が忘れかけている古代人の心が宿っています。漢字の成り立ちや意味に秘められた精神文化は、現代人の心に再び謙虚さを取り戻し、感動を呼び起こしてくれるでしょう。
正しく学ぶ
漢字を学ぶことは、古代社会や個人の意識・生き方を知る手掛りとなり、また、伝統文化を継承するためにも不可欠なことです。漢字は一字一字に先人の精神文化を宿し、歴史的時代と現代を繋ぐ架橋、いわば歴史・文化・精神の継承の決定的手段です。漢字を学ぶということは単なる「記号」として学ぶということではなく、古代人の精神文化と歴史を学ぶということなのです。それは正しい漢字の成り立ちや意味を知ることによって可能になるのです。

図版による甲骨文字・金文などの解説

図版(1)・図版(2)甲骨文字
  • (1)獣の肩甲骨に文字を刻んでいます。
    「四方風神」
    出典:白川静著作集第7巻『文化と民俗』(平凡社) p.193
  • (2)亀の腹の甲に文字を刻んでいます。
    「甲骨文 受年」
    出典:白川静著作集第1巻『漢字 I 』(平凡社) p.17
亀の甲と獣の肩甲骨に刻まれた文字を甲骨文字といいます。
甲骨文字で書かれた文章を甲骨文といいます。
図版(3)甲骨文字
  • 【右】「鉞」 出典:白川静著作集第1巻『漢字 I 』(平凡社) p.23
    【左】「甲骨文」 王の最古の字形 出典:白川静著作集第1巻『漢字 I 』(平凡社) p.23
右 青銅製の鉞です。
左 「王」の古い字形がみえます。
二つの形を見較べてください。
図版(4)・図版(5)甲骨文字
  • (4)「象」の文字がみえます。
    「甲骨文 獲象」
    出典:白川静著作集第1巻『漢字 I 』(平凡社) p.17
  • (5)「蛇の霊をうつ形」の文字がみえます。
    「卜文 鼎」
    出典:白川静著作集第2巻『漢字 II 』(平凡社) p.188
図版(6)青銅器
  • 「四羊犠尊」
    出典:白川静著作集第3巻『漢字 III 』(平凡社) p.59
  • 「人面方鼎」
    出典:白川静著作集第3巻『漢字 III 』(平凡社) p.59
図版(7)金文
  • 「金文 鼎」
    出典:白川静著作集第1巻『漢字 I 』(平凡社) p.145
  • 「寶(宝)」の文字がみえます。
    「青銅器の銘」
    出典:白川静著作集第3巻『漢字 III 』(平凡社) p.178
青銅器に鋳込まれた文字を金文といいます。
金文で書かれた文章も金文といいます。

文字の成り立ち

むかし、三千年以上もむかし、人間はどんな生活をしていたのでしょうか。
けわしい山や深い森の中にわけ入り、獣や鳥を追い、木の実を拾い、野原で草を摘み、薬草を探し、川や湖で魚や貝を採り、自然と共に暮らしていました。
ところが、自然はそうした多くの恵みをもたらす一方で、災いをももたらしたのです。火山の噴火、地震、雷雨、洪水、旱魃(<かんばつ>日照りのこと)。自然は恐ろしい、畏(おそ)れるべきものでもあったのです。ですから山にも木や草にも、火にも水にも雷にも、また暗闇や太陽や月や星や雲にも、鳥や蛇にも古代の人は神が宿っていると信じるようになりました。
雨が降らなければ、雨の神様に雨を降らせて下さいとお願いしました。山に入るときは山の神様に無事に帰れますよう、山の恵みをお分けいただきますよう、祈ってから入るようになりました。今でもオーストラリアのモスマンに太古から住んでいる原住民ククヤランジ族は山に入るときは顔に土で化粧して、森の精霊に「精霊たちよ。彼(彼女)を受け入れてください。」と挨拶してから入っていきます。また、ミャンマーのポッパ山には精霊信仰の僧院があり、精霊が信じられています。
古代の人が畏れおののいた数々の自然現象も今では自然科学の発達によって解明され、このように神の力を信じるということは少なくなりました。しかし、世界や日本各地の祭りや、町や村の行事などには、自然の神に対する信仰心がまだまだ色濃く残っているのです。
漢字は、人が神を信じ、畏れおののいていた時代に生まれました。高い山々が連なっている山の形()から山、水の流れる形()から川、というように初めはすべて「ものの形を写し取る」ことから生まれたのです(象形文字)。そして、神にお願いしたりお礼を申し上げたり占ってもらったりするための大切な祝詞を入れる「はこの形」から(さい)が生まれました。
古来、ことばには「言霊」(ことばに宿ると信じられた霊の力。発せられたことばの内容どおりの状態を実現する力があると信じられていました)が宿っていると信じられてきました。それを文字に表すということは、すなわち神のことばを記すことでもあったのです。
このように、漢字のことを知ろうと思えば、漢字が生まれた時代の人が何を考え、どんな暮らしをしていたのかを知らなければなりません。つまり漢字を学ぶということは歴史や地理、そして文化・風習などにもふれることになるのです。
そして、どのようにして漢字が生まれたかを知ることによって、漢字の体系を知ることができるのです。漢字の由来を知り、系統だてて覚えることにより、知らない字でも類推できるようになり、読みや意味が自ずからわかるようになります。
本講習では成り立ちからみて漢字を四つに系列化しましたが、同じ漢字がそれぞれ違う系列に属している場合もあります。
さあ、それでは漢字の森に入って行きましょう。
凡例
※コラム文中に紹介する漢字については、成り立ちを理解するうえで重要な資料となる「甲骨文字」「金文」「篆文(てんぶん)」を付記しています。
※漢字の後ろに表記されている「○画」は、総画数を表しています。
※漢字の後ろに表記されている「小学○年」は、小学校の学年別配当漢字を表しています。
● 日本文字文化機構文字文化研究所 漢字普及部漢字普及研究委員会編集『漢字の成り立ちを正しく学びあう講座』講習教本より

ここで紹介している日本文字文化機構文字文化研究所編集の教本は、最高峰の漢字辞典『字通』に結実した白川静文字研究の成果をもとに、漢字の成り立ちをわかりやすく解説した学習コラムです。白川静『字通』のオンライン検索サービスは、基本検索ならびに詳細(個別)検索でご利用いただけます。
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