学習図鑑の過去と今のおもしろトピックスを紹介します。毎月15日ころ更新予定。
2016-08-15
今、書店の児童書コーナーには、各社から出版された学習図鑑が百花繚乱。まさに売り場を席巻しています。図鑑担当編集者としては、うれしい限り。10数年前の寂しい売り場を思うと、感涙ものであります。それでは、いつ頃からこの「学習図鑑」は始まったのでしょうか。
『図鑑大好き!』(千葉県立中央博物館/監修 2014年)によりますと、「日本最古の学習図鑑」は、昭和24年に保育社から『学習理科図鑑シリーズ』が刊行されている」とあります。戦後間もなくから、この文化は存在していたと思われます。
その後小学館から、「学習図鑑シリーズ」が刊行され、第1弾として①植物の図鑑 ②昆虫の図鑑 ③魚貝の図鑑 ④鳥類の図鑑の4冊が、同時発売されました(図1)。昭和31年(1956年)4月10日発行ですから、今年(2016年)で60年になります。上記4巻の定価は350円。文庫本が50円前後、新聞の月額購読料が330円の時代だったので、今よりも少し高めの印象です(ちなみに現在小学館で発売している『小学館の図鑑NEO』シリーズは、1冊あたり2000円)。
(図1)小学館初の学習図鑑シリーズ。昭和31年に4冊同時発売。
記念すべき第1巻『植物の図鑑』の巻頭言では、監修者の本田正次(東京大学教授)によって、以下の言葉が述べられています(図2,3)。
(図2)『小学館の学習図鑑 ① 植物の図鑑』(本田正次 牧野晩成 監修1956年)
(図3)『植物の図鑑』の巻頭。左上に、本田正次・東京大学名誉教授による巻頭言。
「植物をよく観察し、よく採集して標本を作り、植物とよいお友だちになることは植物を研究するにあたって一番たいせつなことです。植物とお友だちになるには、まず種類のなまえを知らねばなりません。およそなまえを知らないお友だちなんて学校にもありませんね。植物のなまえを知るには、学校の先生やおうちの方にきいてもよいですが、自分で図鑑などでよく調べることもできます。いちどおぼえたなまえはなかなか忘れませんから、はじめから正しいなまえをおぼえるようにつとめましょう。」
「正しいなまえを知る」・・・このことこそ、学習図鑑の基本。そして世の中のすべてのことも「正しいなまえを知る」ことからはじまります。『植物の図鑑』の冒頭には、学習図鑑の存在意義が見事に語られているのでした。
このシリーズでは、生き物の姿や環境がすべて細密なイラストで表現されています(図4,5,6)。生き物の姿を忠実に描くことは実はとても大変な作業で、植物の葉のつき方、動物の筋肉のつき方など、画家と監修者が下描きの時点で何度も修正を重ねて出来上がってゆきます。今の図鑑づくりにも継承されていますが、この時代の細密画を見るにつけ、当時からその姿勢は存在していたのでしょう。
(図4~6)植物の細密画は、昔から監修者と植物画家、編集者による共同作業で描かれています。
本田氏はさらに続けます。
「それからみなさんはなまえをおぼえるだけでなく、お友だちになった以上は植物をよくかわいがりましょう。むやみに花を折ったり、葉をむしり取ったりすることはやめましょう。生きた木の皮をはいだり、それに自分のなまえをナイフでほりつけたりするのもわるいことです。こういう行いをする人は、まだ植物とほんとうのお友だちになっていないしょうこなのです。(本田正次)」
図鑑というと、生き物が無機的に配置されているだけというイメージを持たれがちですが、根底にはこのような思想がしっかりと流れているのです。この「小学館の学習図鑑シリーズ」は、昭和43年発行の『昆虫の生態図鑑』まで、全28巻の人気シリーズとなり、その後脈々と引き継がれてゆく「学習図鑑文化」の礎になりました。次回は、『植物の図鑑』をさらに掘り下げてゆきます。
<引用文献>
『図鑑大好き!』(千葉県立中央博物館/監修 2014年)
『小学館の学習図鑑 ① 植物の図鑑』(本田正次 牧野晩成 監修1956年)