およそ14世紀から16世紀の間(南北朝・室町時代)に現れた短編の物語小説。最初は、江戸時代に入って叢書(そうしょ)として出版された『文正草子(ぶんしょうぞうし)』以下23編の作品をさす名称であったが、現在では同類の作品を広く包括して、文学史上の一ジャンルを意味する術語として用いられる。現存する作品は300編を超えるが、大部分は作者も正確な成立年代も不明である。鎌倉時代以後、地方豪族である武家が台頭するに及んで、文化もまた社会的、地域的に拡散することになったが、全国的規模の南北朝の動乱はそれに拍車をかけた。文芸の世界にあっても作者と享受者層の裾野(すその)が広がったことによって、質の変化と多様化を招来した。そのような文学の大衆化の一現象として輩出したのが御伽草子である。
御伽草子の多くは絵巻や、それを簡便化した奈良絵本に仕立てられ、絵と文とが相補って読者を楽しませる方式をとっているが、これも、対象とする享受者が女性や若年層を主にしていたことを示しているのであろう。したがって、平安時代以来の貴族社会の物語に比べると、登場人物や扱われた世界は変化に富んでいるが、創作手法は類型化し、主題の似通った作品も多い。分類としては、国文学者である市古貞次(いちこていじ)による、公家(くげ)物、武家物、宗教物、庶民物、異類(いるい)物、異国物の6種に分ける方法が一般的である。公家物には『しぐれ』『伏屋(ふせや)の物語』『岩屋(いわや)の草子』など、鎌倉時代の貴族社会の物語を改作した作品が多い。それらは、才色に優れながら不遇な境遇にある姫君と、時の貴公子との恋を主題にした物語である。武家物には『小敦盛(こあつもり)』『横笛草紙(よこぶえぞうし)』など源平時代の哀話に取材したものや、『俵藤太(たわらとうだ)物語』『酒呑童子(しゅてんどうじ)』など高名な武人の怪物退治談のほか、『明石(あかし)物語』のように地方豪族の家に起こった事件を語る創作的な物語もあり、御伽草子によって開けた新しい文学の世界をみることができる。宗教物は僧侶(そうりょ)を主人公にした作品に、高僧の伝記物、『秋の夜(よ)の長(なが)物語』のような児(ちご)物語、『三人法師』を代表作とする懺悔(さんげ)談、破戒僧を揶揄(やゆ)した『ささやき竹』『おようの尼』など、多様な作品を含む。また、中世の農山村にまで広まっていた民衆的な物語に、『熊野(くまの)の本地(ほんじ)』『諏訪(すわ)の本地』『阿弥陀(あみだ)の本地』など、神仏の前生、寺社の縁起(えんぎ)を語る本地物がある。それらは、人間界でさまざまな苦難を味わった男女が末に神仏と顕(あらわ)れたことを説く物語で、とくに中世的な色彩の濃い作品である。庶民物には『文正草子』や『物くさ太郎』で知られる立身出世談が多い。名もない民が才知によって富を得たり、高貴の女性への恋を成就するといった内容は、戦国時代の下剋上(げこくじょう)の世相を映し、開放的な明るさを漂わせている。人間以外の動物や植物を擬人化した異類物も御伽草子の特徴的な作品である。これには、知識人の戯作と、民間説話に多い異類婚姻談と関係の深い作品とがある。異国物は仏教説話や中国の説話を種に、天竺(てんじく)や唐土(とうど)を舞台に構えた作で、多くは超現実的な話である。そのほか、御伽草子には竜宮や蓬莱(ほうらい)、天界といった、この世に対する他界もしばしば描かれている。
以上のように御伽草子の内容は種々雑多であるが、共通した特徴としては、文章が平易単純であること、人間の内面描写が乏しく、筋書き的な短編であること、筋立てや、また人物の容姿や情景の表現が類型的であること、教訓的、啓蒙(けいもう)的な姿勢が顕著なこと、仏教思想が濃厚で、とくに神仏の霊験利生(れいげんりしょう)を強調する作品の多いことなどがあげられる。したがって作者の個性のみられる作品が少なく、文学としては幼稚素朴の評を免れないが、これも、上層階級の独占であった文芸が大衆化する過渡期にあっては、やむをえない現象であろう。御伽草子のうち、比較的創作性の濃い作品は仮名草子(かなぞうし)に影響を与え、武家物や、宗教物のなかの本地物のように、民衆に迎えられた物語は、江戸時代に入ると、操(あやつ)りを伴う語物芸能の浄瑠璃(じょうるり)に流入して、長く生命を保っていた。
狭義には,江戸時代に〈御伽文庫〉としてセットで刊行された絵入刊本23編をさす。すなわち《文正さうし》《鉢かづき》《小町草紙》《御曹子島渡》《唐糸草子》《木幡(こわた)狐》《七草草紙》《猿源氏草紙》《物くさ太郎》《さゞれいし》《蛤(はまぐり)の草紙》《敦盛》《二十四孝》《梵天国》《のせ猿さうし》《猫のさうし》《浜出草紙》《和泉式部》《一寸法師》《さいき》《浦嶋太郎》《横笛草紙》《酒呑童子》がそれで,《酒呑童子》の奥付に〈大坂心斎橋順慶町 書林 渋川清右衛門〉の刊記があることから,渋川版とも呼ばれている。23編23冊の揃い本は享保年中(1716-36)の刊行とされるが,もとのかたちはさらにさかのぼって,明暦から寛文の間(1655-73)に京都で38冊で刊行されたことが端本の存在により知りうる。この絵入刊本は室町末期ごろから作られていた横本の奈良絵本を模したものとされ,初印本の挿絵には丹,緑などの彩色を施したものも見受けられる。古い要素をとどめる作品もあるが,全般に古来の作をダイジェスト化した傾向が認められ,《猫のさうし》のように明らかに慶長(1596-1615)以降の創作もあり,また詞章面に厳密さを欠くところもあるため,渋川版のみに頼って中世文学としての御伽草子を論ずることはできない。
広義には,室町時代に製作・書写された物語,草子の汎称で,文学史では室町から江戸期にかけて,御伽草子,仮名草子,浮世草子と連ねて用いており,その製作・享受の時期は近世にまで及ぶ。渋川版以外の作品をも〈御伽草子〉〈御伽双紙〉〈御伽さうし〉などと称していたことが江戸期の類書に見られ,明治以降もこれを踏襲したので,便宜上御伽草子の呼称を用いるが,ほかに中世小説,近古小説,室町時代小説,室町時代物語,室町物語などの用語もあり,中世神仏説話の名のもとに御伽草子を収めるものまでまちまちである。同時代の説話,物語,軍記,縁起,法語,語り物,また芸能作品との境界も明瞭ではなく,その伝来の諸相,伝本の複雑さは,一概に御伽草子の語義や範囲を決めることの困難さを示している。
松本隆信編〈増訂室町時代物語類現存本簡明目録〉(《御伽草子の世界》(1982)所収)には三百数十に分類されているが,異本などを考慮するならばこの数はさらに上回るであろう。これは,御伽草子が,武士とか町衆とか地方の人々とか,従来は見られなかった新たな文学の担い手により,度重なる転写の経過の中で享受されてきたことにもよるが,また御伽草子が本来持っている口承性によるものでもあろう。内容による分類案は市古貞次により提示されているが(《中世小説の研究》1955),さらにその形態に即して,写本,絵巻,絵入写本,刊本,絵入刊本といった別,また丹緑本,古活字本とか時期を限って刊行された特殊なかたちをも含め,一つの作品がいずれの形態によって伝来してきたのかを整理してみるべきである。作者も3,4の例外はあるがほとんどわかっていないし,筆者の名を書きとどめた例もきわめて少ない。
以上のことからも,御伽草子の成立の時期を明確に位置づけることは難しいが,物語絵巻--《源氏物語絵巻》《寝覚物語絵巻》《葉月物語絵巻》また白描の《枕草子絵巻》など--や説話絵巻--《信貴山縁起》《長谷雄卿草子》《男衾三郎絵詞》など--とは明らかに一線を画す,《是害房絵詞》《箱根権現縁起絵巻》《熊野縁起》《厳島の本地》《日光山縁起》といった絵巻や,《神道集》と共通素材を有する一群の絵巻が,南北朝期から室町初期には成立していたことが知られている。伏見宮貞成親王の《看聞日記》には,絵巻や冊子の類が御所,禁裏,将軍家の間を往来し書写されていたことが克明に記されている。これらが著名な社寺の宝蔵に存していたことも推測される。江戸期に入るともっぱら横本の奈良絵本で流布し,その最盛期は絵入刊本が続々刊行された寛文期(1661-73)とも一致する。御伽草子以前を考察するには,《風葉和歌集》や《蔵玉和歌集》は必須のものであり,さかのぼって鎌倉時代物語(わずか二十数編のみ)にまで及ぶべきで,《三十二番職人歌合》や《自戒集》にうかがいうる〈絵解き〉のなりわいをも追究すべきである。
古作で重要なものは,本地物--《天神縁起》《諏訪縁起》など仏神の本縁や前生を説くもの,のちに〈本地〉の題名で継承されていく--とか異類物--《三宝絵詞》序に,草木禽獣を擬人化した作品の存したことがうかがわれる--である。異類物には,《鴉鷺(あろ)合戦物語》や《精進魚類物語》(後者は寛永期(1624-44)の丹緑本〈四生の歌合〉への系譜をなす)のような異類どうしの物語と,《狐の草子》《七夕》《鶴の草子》など口承性豊かな異類婚姻を扱うものとがある。また,前代の公卿の恋愛を扱ったものをうけて,《さごろも》《伏屋》《しぐれ》《一本菊》などが出たが,《岩屋》のような継子物をこの中から派生させた。室町期の雰囲気をもっとも濃厚に反映する作では《十二類合戦物語》《福富草子》《小男の草子》《猿源氏草紙》,江戸期に入って《鼠の権頭(ごんのかみ)》などがあげられる。これらの多くは絵巻として伝来しており,絵と詞とが分離されておらず,むしろ絵が主で,余白に当時の口語で会話や和歌や歌謡などがいきいきとふんだんに書き込まれているのは,御伽草子の本質の重要な一側面を示すものであろう。
御伽草子は,読むものであると同時に語るものであり,また見て楽しむものでもあった。《文正草子》や《弥兵衛鼠(やひようえねずみ)》の末尾に〈めでたいことのはじめ〉に読むがよいとか,《浦島太郎》の末尾に夫婦男女の契り深い例についてふれてあったり,《富士の人穴》の末尾に草子を聞く人また読む人の功徳を強調しているなどは,語り手や聴衆のおもかげや,御伽草子のもつ文学性以外の機能などを具体的に示す部分として注目してよい。〈トギ(伽)〉の語源の追求や,絵屋,絵草子屋の実態究明も急務とすべきである。
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