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  11. 三河物語
国史大辞典・改訂新版 世界大百科事典

国史大辞典
三河物語
みかわものがたり
徳川氏創業史の最初の著作。筆者は大久保彦左衛門忠教。三巻。元和八年(一六二二)には草稿本が完成していたとみられるが、現存自筆本(穂久邇文庫蔵、重要文化財)の最終的成立は寛永三年(一六二六)。上巻は源氏の由来から始めて徳川家康の父祖、いわゆる松平八代(親氏―広忠)の事蹟が編年的に記述され、特に清康・広忠の二代が詳しい。中巻は家康の前半生が内容で、今川部将時代、三河平定と遠江進出、織田信長との同盟まで、下巻は武田信玄・勝頼との抗争、甲斐・信濃平定戦、豊臣秀吉との抗争と服属、関ヶ原の戦、大坂冬夏の陣、夏の陣の旗奉行吟味一件が内容で、巻尾に譜代大久保一族の忠功と忠教の述懐、子孫への教訓が記されている。なお三巻ともに識語と跋があり、上・下巻には序文がある。序文では家訓であり門外不出といいながら、草稿本の段階から筆写を許したので、内容は同一ながら『大久保彦左衛門筆記』『大久保忠教自記』『三河実紀』『参州記』『参河物語』など多様な別称の異本があるが、自筆本の影印版(『原本三河物語』影印篇)が昭和四十五年(一九七〇)に刊行されている。本書は家訓の書という形式をとった史書であり、忠教は一つも偽りは記さないと高言している。たしかに本書は譜代家臣の古老からの伝聞の集積と多様な記録の渉猟をふまえて成立したもので、戦国時代末期の武士の教養の水準の高さを示すものである。しかも近世の最初の徳川氏創業史であり、かつ最初の三河の中世後期史で、以後の同種の著作に大きな影響を与えた。また国語史の資料としての価値も高い。他方文芸性あるいは軍記物語的性格として指摘されるような創作部分の存在は見逃せず、また松平氏の新田氏末裔説、安城松平家嫡流説、松平氏不敗神話や松平氏の伊勢氏被官論など、徳川将軍支配美化のための伝承などの意図的書き変えも相当行われている。同時代史料との厳密な対比が必要である。『日本思想大系』二六所収。→大久保彦左衛門(おおくぼひこざえもん)
[参考文献]
中田祝夫編『原本三河物語』研究・釈文篇、星野恒「三河物語考」(『史学叢説』一所収)、高柳光寿「三河物語と戦国の武士」(『高柳光寿史学論文集』下所収)、新行紀一「「松平中心史観」と『三河物語』」(『戦国大名論集』一二所収)、高木昭作「三河物語の成立年について」(『東京大学史料編纂所報』五)
(新行 紀一)


改訂新版・世界大百科事典
三河物語
みかわものがたり

江戸幕府の旗本大久保彦左衛門忠教が子孫に書き残した自伝。上中下の3巻から成る。松平氏の発祥から徳川家康が天下をとり東照権現としてまつられるまでの過程で,大久保一族の忠勤と自身の活躍を述べたもの。とくに彦左衛門16歳の初陣以降の叙述は,名文ではないが具体的で臨場感にあふれている。本家大久保忠隣(ただちか)の改易以来,主君から冷遇されていた大久保一族の不遇をなげきながらも,将軍への忠勤を子孫に説くなど,当時の武士の思想や世界観を知る上での好史料である。また当時の口語が頻繁に使用されている点で,国語学上でも貴重な資料である。成立は1626年(寛永3)と考えられるが,《三河記》《大久保忠教自記》《大久保彦左衛門筆記》などの別称で早くから写本が広く流布した。一心太助の登場する実録《大久保武蔵鐙(むさしあぶみ)》は,内容的には本書とはまったく無関係であるが,そこに見られる彦左衛門像は,本書に示された彦左衛門の性格から由来したものである。
[高木 昭作]

[索引語]
大久保彦左衛門 大久保忠教 大久保氏 三河記 大久保忠教自記 大久保武蔵鐙(むさしあぶみ)
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1. 『三河物語』
日本史年表
1626年〈寛永3 丙寅④〉 この年 大久保彦左衛門忠教 『三河物語』 成る。  ...
2. 三河物語
日本大百科全書
江戸前期の旗本大久保忠教(ただたか)(彦左衛門)の自伝。三巻三冊。『大久保彦左衛門筆記』『参州記』などともいう。1622年(元和8)に草稿が成立。上巻は家康の父 ...
3. 三河物語
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江戸幕府の旗本大久保彦左衛門忠教が子孫に書き残した自伝。上中下の3巻から成る。松平氏の発祥から徳川家康が天下をとり東照権現としてまつられるまでの過程で,大久保一 ...
4. みかわものがたり【三河物語】
デジタル大辞泉
江戸前期の自伝。3巻。大久保彦左衛門忠教(ただたか)著。元和8年(1622)成立。主家徳川氏と大久保一族の来歴を、子孫への教戒のために覚書ふうに記したもの。  ...
5. みかわものがたり[みかはものがたり]【三河物語】
日本国語大辞典
江戸前期の自叙伝。三巻。大久保彦左衛門忠教著。寛永三年(一六二六)頃成立。主家徳川氏代々の事績、天下統一に至る歴史と、大久保一族の功績を述べ、自己の体験と子孫へ ...
6. みかわものがたり【三河物語】
国史大辞典
[参考文献]中田祝夫編『原本三河物語』研究・釈文篇、星野恒「三河物語考」(『史学叢説』一所収)、高柳光寿「三河物語と戦国の武士」(『高柳光寿史学論文集』下所収) ...
7. 三河物語[文献解題]愛知県
日本歴史地名大系
下巻家康の遠州征伐から海内統一に至る。著者が主家ならびに自家の経歴を記して子孫に示したもの。 活字本 「三河物語」  ...
8. あぐ・む【倦】
日本国語大辞典
殿行幸六波羅事「此大勢を見て敵もさすがにあぐんでや思ひけん、只此彼(ここかしこ)に走散て」*三河物語〔1626頃〕三「六手が一度に立とどまりて、旗を押立て ...
9. あご(顎)[方言の地図帳]
日本方言大辞典
アギトは中古の『和名抄』『神田本白氏文集天永四年点』に、アゲは一六五〇年の『片言』に、アゴは一六二六年頃の『三河物語』に、アゴタは一六八八年の『浮世鏡』の例が報 ...
10. あご【顎・〓・頤】
日本国語大辞典
主に五個の顎歯からなる。また、顎をもたないものも多い。(イ)上あごと下あご。あぎ。あぎと。*三河物語〔1626頃〕一「彌三郎は、うはをびを、 ...
11. あご・む
日本国語大辞典
〔他マ四〕跨(また)ぐ。*三河物語〔1626頃〕三「高手小手のなわをはづして、番之者をあごみ越て、はしり出て」*物類称呼〔1775〕五「跨(またぐ)といふ事を  ...
12. あし‐あし【足足】
日本国語大辞典
4〕「Axiaxini (アシアシニ) ミユル〈訳〉身をかわす、あるいは逃げる姿勢になる」*三河物語〔1626頃〕二「早、水河寄、下野殿懸付給えば、駿河衆も足々 ...
13. あじろ の 氷魚(ひお)
日本国語大辞典
べきやうなければ、かかる宇治の橋もりに、あじろのひをの、よるのみかぞへんほどの心づくしや」*三河物語〔1626頃〕二「〓(ししかき) ...
14. あせ を 握(にぎ)る
日本国語大辞典
の位あらそひの事「惟仁の御方へ心を寄せ奉る人々は、あせをにきり、心を砕きて祈念せられける」*三河物語〔1626頃〕三「七八人して、うしろよりいだきて、次右衛門尉 ...
15. あつかい を 懸(か)く
日本国語大辞典
仲裁をする。また、和議を申し込む。*三河物語〔1626頃〕二「信長纔(はづか)一万之内なれば、かなはじとて、あつかいをかけさせ給ひ」*仮名草子・東海道名所記〔1 ...
16. あと‐しき【跡式・跡職】
日本国語大辞典
ガatoxiqi (アトシキ)ヲバ ロンズル モノモ ナウ カノ ヤウジガ コレヲ シンダイ イタイタ」*三河物語〔1626頃〕一「松平蔵人殿舎弟の十郎三郎殿御 ...
17. あと‐ぜい【後勢・跡勢】
日本国語大辞典
後詰めの軍勢。*当代記〔1615頃か〕「慶長十九年十一月六日将軍永原に暫逗留し給、跡勢待給」*三河物語〔1626頃〕三「天野宮内右衛門尉けた之郷より出て、あとぜ ...
18. あと‐わ【後輪】
日本国語大辞典
ろ。しずわ。しりわ。〓前輪。*三河物語〔1626頃〕三「馬之かしらのかたへうしろをして、あとのかたへまへをして、頸がねをはめて、あ ...
19. あと を 黒(くろ)む
日本国語大辞典
イクサヲ ハジミョウズル ヲノヲノ atouo curome (アトヲクロメ) サセラレイト」*三河物語〔1626頃〕三「然ば、河之はたへ出させ給ふ事ならずは、 ...
20. あほう‐じん【阿呆人】
日本国語大辞典
〔名〕おろかな人。たわけ者。うつけ。*三河物語〔1626頃〕二「氏真は扨も扨も、あほう人哉。抑々(そもそも)、竹千代様を鵜殿に帰ると云ほうやく哉」 ...
21. あまがたじょうあと【天方城跡】静岡県:周智郡/森町/向天方村
日本歴史地名大系
「校訂松平記」など)。翌年四月徳川方は反撃に転じ、平岩親吉を大将として天方城を攻め落した(「三河物語」など)。天正七年(一五七九)九月一五日遠江国二俣城(現天竜 ...
22. あまざかいとうげ【雨境峠】長野県:北佐久郡/立科町/芦田村
日本歴史地名大系
雨境の呼称がいつから使われたか明らかでないが、春日(現望月町春日)側からの呼称である役ノ行者越は、「三河物語」天正一〇年(一五八二)七月「あ志た小屋へあてゝ、其 ...
23. あやかり
日本国語大辞典
と思てわらうたぞ」*日葡辞書〔1603〜04〕「Ayacari (アヤカリ)〈訳〉馬鹿者」*三河物語〔1626頃〕一・七代清康「御馬の水付に取付ければ、あやかり ...
24. あやかり[方言]
日本方言大辞典
長崎県対馬912対馬北端方言集(大浦政臣)1932日葡辞書「Ayacari(アヤカリ)〈訳〉馬鹿者」三河物語一・七代清康「御馬の水付に取付ければ、あやかりめはな ...
25. あやかり‐もの【─者】
日本国語大辞典
〔名〕愚か者。馬鹿者。*三河物語〔1626頃〕一「普代之主のせんどをみつぎ、妻子けんぞくを帰見ずして、一命を主に奉らんと申而、岡崎にいたるあやかり者供社(こそ) ...
26. あら‐あら【荒荒】
日本国語大辞典
ば荒々と申して追っ帰して候ふ」*信長公記〔1598〕二「あらあらと攻られ、抱へ難く存知、降参候て退散なり」*三河物語〔1626頃〕二「又、有時は長沢え御 ...
27. あらこだむら【新子田村】長野県:佐久市
日本歴史地名大系
東から南にかけて香坂・志賀・瀬戸、西は猿窪・岩村田、北は安原の諸村に接する高燥で比較的平坦地。「三河物語」に「平尾之屋敷城・あらこの屋敷城」とみえるがつまびらか ...
28. あり‐なし【有無】
日本国語大辞典
りふし」(5)(形動)あるかないかわからないほどに軽く取り扱うこと。あってもかいのないさま。*三河物語〔1626頃〕三「あのていに候はば出たり共、役には立つまじ ...
29. あんしょうじょうあと【安祥城跡】愛知県:安城市/安城村
日本歴史地名大系
の持城であった。文明三年(一四七一)頃松平和泉守信光が攻取り、その子左京亮親忠の居城とした(三河物語)。城主は、そののち長親・信忠・清康と続いた。「三河国二葉松 ...
30. あんじょうし【安城市】愛知県
日本歴史地名大系
ここに安城松平家が誕生する。信光は弓矢を取っては無双者、西三河のうちおよそ三分の一を切従え(三河物語)、この地の武士を服属させる。あとを継いだ親忠は、続いて碧海 ...
31. いけだしゅく【池田宿】静岡県:磐田郡/豊田町
日本歴史地名大系
月一七日、西上を始めた今川義元軍の先手は、当地や見付・袋井、原川(現掛川市)に着陣している(三河物語)。宿内に大明神が祀られていた(永禄四年三月四日「今川氏真判 ...
32. いそを〓(せせ)る
日本国語大辞典
とえにもいう。*日葡辞書〔1603〜04〕「Isouo xexeru (イソヲ セセル)」*三河物語〔1626頃〕三「我せがれ寄弓うつぼを付て、度々の事に相付て ...
33. いたいけ‐らし・い【幼気─】
日本国語大辞典
し〔形シク〕(「らしい」は接尾語)いかにもかわいらしい様子をしている。*三河物語〔1626頃〕三「上方衆のやうに、いたいけらしきこゑづかいして〈略〉けいはくを云 ...
34. いち‐えん[‥ヱン]【一円】
日本国語大辞典
98〕一「定て今度は美濃衆を手先へ夫兵に差遣はさるべしと、みの衆存知の処に、一円御構なく」*三河物語〔1626頃〕三「大炊河ぎりと仰候儀は、一円に心得不申」*浮 ...
35. いちばん‐かっせん【一番合戦】
日本国語大辞典
三の合戦という。*信長公記〔1598〕首「一番合戦に、竹腰道塵、六百ばかり真丸に成て中の渡りを打越し」*三河物語〔1626頃〕二「とても御家勢申故は、何と被仰候 ...
36. いっ‐せき【一跡】
日本国語大辞典
卿記‐天文二年〔1533〕三月六日「去月末より疫病云々、一跡断絶、彌一家之零済、愁傷愁傷」*三河物語〔1626頃〕一「いか成御ゑんにか有やらん、太郎左衛門尉独媛 ...
37. いっぽん‐やり【一本槍】
日本国語大辞典
「被官の取たる、頸などを、高名帳にのせ、一本鑓(ヤリ)を、つきたるほどに、いひまはれども」*三河物語〔1626頃〕一「岡崎にをきても、一本鑓(ヤリ)之衆なれ供、 ...
38. い‐なり[ゐ‥]【居成】
日本国語大辞典
*散木奇歌集〔1128頃〕神祇「けふみれば花もすぎふになりにけり風はいなりにふくとみれども」*三河物語〔1626頃〕三「小笠原与八郎手がはりをして、ゐなりに成け ...
39. いぬ【犬・狗】
日本国語大辞典
事「神功皇后御弓の末弭(うらはず)にて、高麗の王は我が日本の犬也と石壁に書付て帰らせ給ふ」*三河物語〔1626頃〕三「御普代之衆は、よくてもあしくても御家之犬に ...
40. いぬいじょうあと【犬居城跡】静岡県:周智郡/春野町/堀之内村
日本歴史地名大系
元亀三年(一五七二)頃武田信玄の陣営にくみしたため、天正二年(一五七四)四月徳川軍の攻撃を受けた。「三河物語」によれば、徳川方は「いぬゐへ腰兵粮にて御働有て、瑞 ...
41. いまむら【今村】愛知県:安城市
日本歴史地名大系
猿渡川の谷とその分岐谷に発達した集落。北・東は里村に接する。古代の東海道は、今村の傍らを通る。「三河物語」には、永禄三年(一五六〇)今川義元の西上のことを記して ...
42. いり‐あ・う[‥あふ]【入会・入合】
日本国語大辞典
ゴサンダイ アルニ、ハナ ツキ ニ ヒタト iri auareta (イリ アワレタ) トコロデ」*三河物語〔1626頃〕三「ながしののかさに、とびがすと申処之 ...
43. いわづむら【岩津村】愛知県:岡崎市
日本歴史地名大系
光は岩津の豪族中根大膳を滅ぼし、岩津の東の山上に城を築き、松平(現豊田市)より移った。また「三河物語」によれば、信光は「凡西三河之内、三ケ一ハ戮随給ふ」とあるよ ...
44. いわぼりむら【岩堀村】愛知県:額田郡/幸田町
日本歴史地名大系
三河国岩堀屋敷分」とみえる。岩堀氏は一向宗門徒として字屋敷付近の照池山西光寺と関連をもつ。「三河物語」に永禄六年(一五六三)三河一向一揆の際に土呂(現岡崎市)善 ...
45. いんが は 皿(さら)の=縁(ふち)[=端(はた)]
日本国語大辞典
「昔の因果は皿の端回る、今の因果は針の先回る」という形で、昔に比べ今の方がより速いことをいう。*三河物語〔1626頃〕三「昔は因果は、さらのはたをめぐると云ける ...
46. いん‐べつ【引別】
日本国語大辞典
〔名〕引き合いに出される前例。*三河物語〔1626頃〕三「昔之引べつも有」〓[0] ...
47. うち‐おろし【打下】
日本国語大辞典
〔名〕(1)鷹詞で、訓練を始めたばかりの鷹。転じて修行を始めたばかりの者。*三河物語〔1626頃〕一「只、打おろしの小鷹(こたか)よりも、猶も見事にして御図(か ...
48. うち‐ば【内端】
日本国語大辞典
しなり」(2)数量が実際より少なめなこと。うちわ。*運歩色葉集〔1548〕「九分 ウチバ」*三河物語〔1626頃〕二「敵之人数は内ばを取て五千も可有と云」*浄瑠 ...
49. うち‐まわり[‥まはり]【打回・打廻】
日本国語大辞典
、所々巡行、但無〓程帰来」*三河物語〔1626頃〕一「岡の城寄九郎豆殿五百斗にて岡崎え打まはりと有て」 ...
50. うろ‐うろ
日本国語大辞典
態度がそわそわと落ち着かないさま。*日葡辞書〔1603〜04〕「Vrovroto (ウロウロト) スル」*三河物語〔1626頃〕三「御旗奉行之衆、今度うろうろと ...
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