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おじいちゃんからのはがき

2015-08-20

高校野球100年記念、第97回全国高校野球選手権も本日決勝戦。10-6で東海大相模が仙台育英を破り、45年ぶりに優勝! 相模のピッチャー、小笠原くんのアーチ、試合を決めましたね。
残暑お見舞い申し上げます。かおるんです。


「かおるにぜひ、見てもらいたいものがあるの」──先日かかってきた1本の電話。祖父の実家を借りている日系4世のアメリカ人女性からでした。3年前の春、長年実家を守ってきた祖父の妹たち二人が相次いで亡くなり、親戚一同、売るのも心苦しいなと思っていたところ、思いがけないご縁が舞い込み、いま彼女と旦那さん、息子さんの3人で住んでもらってます。

「掃除をしていたら、こんなものがでてきたのよ」と、彼女から渡されたのは一枚のはがきでした。ていねいな文字で書かれたその二銭はがきは、祖父が妹たちへ送ったものでした。差出人の住所には「名古屋陸軍病院 笹島町分院」とありました。

其の後 和子さん 久恵さん 如何ですか 兄さんは下呂にてお正月を迎へまた原病院に帰って来ました もう退院も近き事と思ひます 身体の調子も至極順調です 又隊に帰ったら兄さんに負けず大いに張切る積りですから どうか安心して下さい
貴女達も店が忙しくてゆっくりしたお正月を過せなかったでせうが 御國への御奉公と思ひ大いに 銃後の生産戦士として 又女子挺身隊の一員として精励して下さい
寒さ弥々募る折 御身御自愛の程 君子さん 清子姉さんによろしく

祖父からは生前、自身が体験した戦争について一度だけ話を聞いたことがあります。女子高の修学旅行で沖縄へ旅立つ前、ひめゆりの塔などが行程に入っていたからでしょう、クラスで戦争についての文集を作らねばなりませんでした。私は身近な人から戦争の体験談を聞いて文章にしなければならなかったのです。

ある日赤紙がやってきて、祖父は南方の島へ送られたそうです。食べるものも食べずに3日3晩、死ぬ思いで島を駆けずり回ったことが、いちばんつらかったと話していました。やがて病気になり、日本に戻されて入院。祖父は広島の病院で終戦を迎えたそうです。

祖父の兄は祖父が静養中、沖縄で亡くなりました。「それがあんたのほんとうのおじいちゃんや。ほんまやったら、ボクが死んだほうがよかったんやけどな」──戦後、祖父は兄と結婚していた「清子姉さん」と結婚。そう、それまで、私の母は祖父にとって、姪っ子だったのです。

17歳の私が祖父の話をもとにいったいどんな文章を書いたのか、文集もどこにいったか見当たらず、さっぱり覚えていません。でも祖父がポツリと言った「ボクが死んだほうがよかったんやけどな」という場面は、いまだ鮮明に記憶に残っています。

大いに張切る積りですから どうか安心して下さい──祖父がどんな思いでこのはがきを綴ったのか。祖父が亡くなってもうすぐ13年。夏生まれで夏に逝った祖父が、何か言いたげにひょっこり戻ってきたような、そんな戦後70年の盆休みでした。

2015-08-20 written by かおるん
高校野球100年、戦後70年、そして日航機墜落30年……節目が続いた2015年ニッポンの夏。さてこの夏のできごと、日本の歴史にはどう記録されるのでしょうか。