国史大辞典ウォーク知識の泉へ
毎回固有のテーマで、それぞれの時代における人間と事象の関わり合いを読み解いていきます。文中にちりばめられたキーワード(太字)は、『国史大辞典』の見出し語になっており、これらを手がかりにすれば、さらなる歴史の深みを味わうことが出来ます。

本連載は、『本郷』(吉川弘文館のPR誌 年6回発行)連載の同名コラムを改稿したものです。

第1回 新撰組(1)

2010年07月01日

 現在放映中のNHK大河ドラマ「龍馬伝」が人気を呼んでいます。時代の転換点としてダイナミックに転変した幕末という時代はいまなお、多くの人々を魅了してやまないようです。今回は大河ドラマの「ネタばれ」にならないように、坂本竜馬とは反対の立場にたった若者達、新撰組をウオークしてみます。

 まずは多くの出版社の参加する「ジャパンナレッジ」らしく、新撰組をテーマにした本から調べてみましょう。これはまさに汗牛充棟かんぎゅうじゅうとう、多数出版されてきました。国立国会図書館の蔵書検索でも、タイトルやサブタイトルに「新撰組」「新選組」の入った本は810点。最も古いものは明治31年(1898)の松林伯知の講談を筆記した『新撰組十勇士伝』で、すでに新撰組が当時から大衆的な人気を集めていたことが分かります。ほぼ現時点での在庫状況が反映されている、日本書籍出版協会のデータベース=Books.or.jpで調べると入手可能は316点、確かに書店の歴史書コーナーにはいつも新撰組の棚ができていて賑わっています。研究書よりは大衆文学や歴史読み物が多く、皆様も一冊くらいはお持ちかも知れません。

 幕末の動乱期に活躍した人物はその若さが特徴です。嘉永6年(1853)、ペリー黒船4艘を率いて浦賀に現れたとき、新撰組の関係者では近藤勇が19歳、土方歳三は18歳、沖田総司にいたっては11歳、のちに倒幕運動に立ち上がる坂本竜馬も18歳、西郷隆盛は26歳、木戸孝允たかよし(桂小五郎)が20歳、 伊藤博文は15歳という若さでした。彼らの誰もが高い身分の者ではなく、むしろ庶民に近い出自だったことに注目してください。近代日本のスタートラインに立ちあった無名の若者たちが、その立場はさまざまであれ、激動の時代とともに成長していく。そこに私たちは感動するのかもしれせん。

 近藤勇は天保5年(1834)10月5日、武蔵国の多摩郡(多麻郡・多磨郡)石原村(東京都調布市)の農業、宮川久次(郎)の4人兄妹の末っ子、3男坊として生まれました。武芸に目覚めた勇は、15歳の時に多摩地方の豪農層を中心に多くの門弟のいた剣道天然理心流てんねんりしんりゅうに入門し、たちまち頭角を現します。翌年の嘉永2年(1849)には3代当主近藤周助の養子となり、江戸の牛込うしごめ市ヶ谷いちがや甲良屋敷に住み、島崎勝太と称し盛んに出身地の多摩地区に出稽古でげいこに赴きます。万延元年(1860)、3月に結婚し近藤勇となって、8月に4代目天然理心流当主を継ぎます。この間に同門や仲間となった土方、沖田、山南敬助やまなみけいすけ永倉新八ながくらしんぱち藤堂平助とうどうへいすけらが、のちに新撰組の中核を担うことになります。

 土方歳三は天保6年、武蔵国多摩郡石田村(東京都日野市)の石田散薬という家伝薬を副業とする旧家に生まれました。幼いときに両親を失い次兄に育てられましたが、11歳の時には上野の呉服問屋松坂屋奉公に出たと言われています。帰郷したのちは、姉の嫁ぎ先である日野名主・庄屋、佐藤彦五郎宅に身を寄せ、天然理心流の道場を開いていた彦五郎のもとで剣道の稽古に励む一方、家伝薬の行商で生計をたてることになります。一説によれば、薬の行商とはいうもののいつも竹刀しないを持ち歩き、他流試合で腕を磨いたとも言われています。のちに近藤勇のもとで師範代となるのですが、土方も近藤もの身分ではなく、江戸近郊の豪農出身というところに近代の胎動を感じます。思いを少し先にはせれば、自由民権運動もこの多摩の豪農層を中心にして、大きなうねりをみせたのでした。

 いよいよ近藤たち新撰組の面々が、歴史の表舞台に登場するときが近づいてきました。今回はその橋渡しをした一人の志士の話で終わりとすることにいたします。その名は 清川八郎。実家は出羽国田川郡郷士ごうしで、造り酒屋を営んでいました。18歳の時に江戸にでて儒学者 東条一堂北辰一刀流ほくしんいっとうりゅう千葉周作に学び、25歳で文武塾を開きます。安政6年(1859)に神田お玉が池に移った頃から勤王の志士たちと交友を深め、幕府から追われる身となります。しかし、同門の幕臣山岡鉄舟てっしゅうらと謀ってみずからの免責を認めさせ、将軍徳川家茂いえもちの上洛に合わせ、幕府が警護の浪士を募集するという奇策を実現させます。この文久3年(1863)結成の浪士組250余名に加わったのが、近藤勇たちだったのです。

『本郷』No.49 (2003年11月号)所載の「国史大辞典ウォーク」第49回「新撰組」(1)を元に改稿しました