第112回
「六月無礼」

 「六月無礼」ということばをご存じだろうか。
 陰暦の六月は暑さのきびしい時季なので、服装を略式にする無礼も許されるという意味である。今で言うクールビズに近い。
 6月5日付けの『朝日新聞』の「天声人語」にこのことばが紹介されていたので、それで知った方も大勢いらっしゃることであろう。「天声人語」ではこのことばは「古く平家物語にも出てくるそうだ」としていたが、間違いではないが正確ではない。実はこのことばは『平家物語』の中でも長門本と呼ばれる本文にしか出てこないからである。
 『平家物語』は異本が多く、一口に『平家物語』と言っても本文の内容は諸本によって様々なのである。長門本は活字化はされてはいるが、一般の読者が気軽に入手できるものではない。たとえばこのジャパンナレッジでも読むことができる『平家物語』(小学館「新編日本古典文学全集」)は高野本と呼ばれる比較的流布しているテキストが底本になっているが、それと比べても内容がかなり異なっている。
 「六月無礼」は大型の国語辞典には載っていることばで、典拠を示していない『広辞苑』は別として、すべてこの長門本平家の用例が掲げられている。
 その用例は『日本国語大辞典』によると「六月無礼とて紐解かせ給ひ、入道も白衣に候ぞ」とある。これだけだと状況がわかりにくいのだが、平氏討伐のいわゆる鹿ヶ谷の謀議を、多田行綱が5月29日夜更け方に平清盛の邸まで密告に行く場面である。入道というのはもちろん清盛のこと。「白衣」は「しらえ」でうす地の夏の衣服である。 高野本平家にも密告の場面はあるのだが(巻二・西光被斬)、「六月無礼」の語は出てこない。
 この「六月無礼」は、長門本平家の用例しか見つかっていなかったため、長い間どれだけ広まっていたのかわからずにいた。ところが、先頃刊行された『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』(小学館)で、『俚言集覧』(1818頃)や『日本俚諺大全』(1906~08年)といった江戸後期や明治後期のことわざの辞典にも掲載されていることがわかった。
 ようやくこれで、かなり古くから知られたことばであると言うことができるようになった。

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