第122回
“爆笑”問題

 タイトルと同じ人気お笑いコンビがいるが、その話ではない。「爆笑」ということばの意味の問題である。
 お手近なところに国語辞典がある方は、先ず「爆笑」を引いていただきたい。いかがであろうか。「あれっ、そんな意味だったの?」とお思いになった方も多いのではないだろうか。
 大方の国語辞典は、「大勢の人がどっと笑うこと」といった意味が書かれていると思う。だが、たとえば「ラジオで太田光のトークを聞いて爆笑した」などという言い方を皆さんはしないであろうか。つまり、ひとりでも大声を上げて笑う場合に使うかどうかと言うことである。これが、「“爆笑”問題」なのである。
 『日本国語大辞典(日国)』第2版を見ると「爆笑」の用例は2例ある。一方の辻邦生『秋の朝 光のなかで』(1974)の例は明らかに大勢がどっと笑う例である。だが問題は、もう一方の徳川夢声の『漫談集』(1929)の例。「彼れ忽ち無我の境に這入って、呶鳴り、絶叫し、哄笑し、爆笑(ばくせう)しの盛況を呈して」とある。ちょっとわかりにくいのだが、個性的な無声映画の見習い活弁の話で、この活弁は不器用で、ガアガア野次るように怒鳴り、さらにはせりふに夢中になるとせりふ通りの仕草を始めるというのである。つまり前後から判断すると、「爆笑」しているのは観客ではなく活弁本人らしいのだ。
 他にも確実に「ひとり笑い」だといえる例は筆者も何例か見つけているのだが、なぜか今までの国語辞典ではその意味が無視されていたのである。
 勝手な想像だが「爆笑」の「爆」ははじけるという意味で、どっと笑う、つまり大勢が一度に笑うというのが本来の意味。だが、「爆」を単に激しいという意味にとらえて、ひとりでも激しく笑うという意味が新たに生まれたのではないだろうか。
 ほとんどの辞典はまだ「ひとり」の意味に対応していないのだが、補注などで近年ひとりの使い方も見られると記述する辞典も出始めている。“爆笑”問題が解決する日も近いのかもしれない。

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