第135回
「嚙(か)んで含める」が変化している

 「嚙んで含めるように教える」というのは、よく理解できるように細かく丁寧に言い聞かせるという意味の慣用句である。「嚙んで含める」は元々は食物が消化しやすいように嚙んで口の中へ入れてやるということで、あたかもそうするかのごとく教えるということである。
 ところが、この慣用句が最近変わりつつあるようなのだ。どういうことかというと、「嚙んで含むように」という人が増えているのである。
 文化庁が発表した平成20(2008)年度の「国語に関する世論調査」では、本来の言い方である「嚙んで含めるように」を使う人が43.6パーセント、「嚙んで含むように」という今まで無かった言い方を使う人が39.7パーセントと、ほぼ同数の結果が出てしまったのである。
 「含める」はマ行下一段活用の動詞、「含む」はマ行五段活用の動詞という違いはあるが、ともに口の中にものを入れるという意味では共通している。だが、「含める」には「言い聞かせて理解させる」という意味があるのに対して、「含む」にはその意味はない。従って、「言い含める」「因果を含める」という言い方はあるが、「言い含む」「因果を含む」という言い方は存在しないのである。
 だが、この40%近い「嚙んで含む」派をどう考えるべきなのだろうか。明らかに誤用なので、辞書としてはそのことを伝えて行きたいのだが、辞書だけの力で拡大を食い止めることができるかどうかはいささか心許ない。 
 なお蛇足ではあるが、九州の某県立大学のホームページでたまたまこんな文章を見つけた。
 「うちの学科のホームページをご覧になってわかると思いますが、とりたてて大仰な宣伝文句や美辞麗句を並べ立てたりはしていません。〈中略〉しかし、短い文章をじっくり嚙んで含むように読んでみてください。」
 よく読むと、単純に「嚙んで含む」という誤用だけではないことがわかる。従来なかった意味で、相手に理解させるのではなく、自分でよく嚙みしめて理解するという意味になってしまっているのである。このような誤用に誤用が重なった言い方が今後広まってしまう可能性も、まったくないとは言い切れない気がする。

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