日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第136回
ナルシシストか? ナルシストか?

 外来語とかカタカナ語などと呼んでいる欧米諸国から入ってきた語を国語辞典に載せる場合、その語をカタカナでどのように表記するかといった問題がある。
 たとえば、「ユニホーム」にするか「ユニフォーム」にするかとか、「メーク」にするか「メイク」にするかとかいった問題である。
 国語辞典の場合、外来語の表記は平成3年(1991年)の内閣告示「外来語の表記」を参考にして決めることが多い。
 だが、原語の方が揺れている語もあり扱いに困ることがある。たとえば「ナルシシスト」と「ナルシスト」。皆さんはふつうどちらを使っているだろうか。
 『ランダムハウス英和大辞典』を引くと、narcissism という見出しのところに派生語としてnarcissist と narcist が示されている。つまり、原語も語形が2つあることが分かる。
 このようなこともあって、この語は国語辞典でも見出し語の語形がまちまちなのである。
 整理すると以下のようになる。
 ナルシシストだけ立項しているもの
  新選国語辞典・三省堂国語辞典・新明解国語辞典・広辞苑
 ナルシストだけ立項しているもの
  現代国語例解辞典・明鏡国語辞典(ただし原語の綴りはなぜかnarcissistで表示)・日本国語大辞典
 ナルシシスト・ナルシスト両方立項していてナルシストは空見出しのもの
  大辞泉・大辞林
 ナルシシスト・ナルシスト両方とも項目のないもの
  岩波国語辞典
 では「ナルシシズム」「ナルシズム」はどうであろうか。『ランダムハウス英和大辞典』ではnarcismという語形は見あたらないが、研究社の『医学英和大辞典』には見出し語があるので、narcismは原語でも存在するのかもしれない。
 国語辞典の扱いはというと、「ナルシシズム」で見出しを立てているものがほとんどである。ただし、『大辞泉』『日本国語大辞典』『大辞林』はさらに「ナルシズム」を空見出しにして、「ナルシシズム」を見させている。
 国語辞典としては、引きやすさを優先させるのであれば、『大辞泉』や『大辞林』のように、「ナルシシスト(ナルシスト)」も「ナルシシズム(ナルシズム)」も「ナルシシスト」「ナルシシズム」を本項目にして、「ナルシスト」「ナルシズム」を空見出しにする扱いが望ましいのではないかと思う。

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