第140回
「暮れなずむ」

 このタイトルを見てすぐに海援隊の歌を思い出した方も大勢いらっしゃると思う。その歌は筆者が辞典の世界に飛び込んだ頃に流行っていて、編集部内で『日本国語大辞典』(初版)に項目はあるが用例のない語だということでしばし話題になった記憶がある。その後重点的に用例を探して、『日本国語大辞典 第2版』で窪田空穂、三島由紀夫、竹西寛子の用例が加わった。これらの例はすべて海援隊の歌よりも古い例なので、それほど新しいことばではないということがわかる。
 この「暮れなずむ」に少し前から本来なかった意味が加わりつつあるようなのだ。どういうことかというと、たとえば「公園はすっかり暮れなずんでいた」といった使い方である。
 「暮れなずむ」は、日が暮れそうでなかなか暮れないでいるというのが本来の意味である。ところが、上の「公園で~」という文章は「すっかり」という副詞が曲者なのだが、「日が暮れてしまった」という意味になってしまう。「暮れなずむ」は、暮れるという変化や事態の進行を表すことばではないのである。
 そもそも「なずむ」とは何かというと、『日本国語大辞典』によれば、人や馬が前へ進もうとしても、障害となるものがあって、なかなか進めないでいるという意味である。そして、それから転じて物事がなかなかうまく進行しなくなるということを表すようになる。漢字を当てるとすると、「泥む・滞む」となる。つまり、「暮れなずむ」は「暮れる」状態がなかなか進まないといった意味合いなのである。
 従って「暮れなずむ空」「暮れなずむ山々」といった言い方が最も適切で、「春の日は暮れなずんでいた」のような場合でも、暮れそうで暮れないという状態を意味しているのであれば正しいということになる。
 海援隊の歌の歌詞は典型的でわかりやすい例なので、それを覚えていれば使い方を間違えることはないであろう。

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