第155回
「かわいい」

 福岡市が設置した仮想の行政区「カワイイ区」が何かと話題になっているようだ。市は「福岡の魅力や特性を、カワイイというコンセプトで発信」したいと考えたようだが、賛否両論が寄せられているという。
 もちろんここでその「カワイイ区」そのものの是非を論じようなどいう気は毛頭無い。ただ、なにやら「カワイイ」ということばそのものについてもいろいろ言われているようで、このままでは「カワイイ」ということばがかわいそうな気がしてきたのである。
 『日本国語大辞典 第2版』によれば、「かわいい」が現在のような、愛らしい、愛すべき小さい様という意味で使われるようになったのは江戸時代になってからのことらしい。平安時代頃の古い例では、もっぱら「かわゆい」の語形で、きまりが悪い、恥ずかしいといった意味で使われていた。「かわゆい」は「かわはゆし(顔映ゆし)」の変化した語だと言われている。「はゆし」はまぶしいという意味で、顔を合わせるとまぶしく感じることから、「恥ずかしい」という意味になる。今は照れくさいの意味で使われることが多い「面(おも)はゆい」も同様である。
 やがて見るに忍びないという意から、気の毒、不憫といった意味が生じ、女性や子どもなど弱者への憐みの気持ちから、愛らしく感じる、いとおしいという意味が生まれる。語形もその間に「かわゆい」から「かわいい」へと変化していく。
 だが、最近「課長ったらそんなこと言っちゃって、カワイイ!」などといったように、単に好感が持てるという意味で使われることがある。この新しい意味はほとんどの国語辞典にはまだ記載されていないこともあって、本来深い情愛を表すことばであった「かわいい」が、軽い感じになってしまったと抵抗を感じる向きも多いと思う。
 「かわいい」と名付けたとき、そういった新しい意味で受け取られてしまう可能性もあるということを、福岡市は想定したのであろうか。もちろん意味を変化させた「かわいい」ということばが悪いわけではないが、別のことばにするという選択肢もあったのではないかと思うのである。
 あっ、命名の是非には触れないはずであった。

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