第168回
「きめ」は「こまか」か「こまやか」か?

 「辞書引き学習」の発案者である深谷圭助氏(中部大学准教授)が、Facebookで「きめ細かな指導」と「きめ細やかな指導」では、どちらが正しい言い方なのかという投稿をしていたので、思わず「いいね!」ボタンを押してしまった。深谷氏も書いていたのだが正しくは「きめ細か」の方である。だが、従来なかった「きめ細やか」が実際にはかなり広まっているようなのだ。
 「きめ」は「木目」で、木材の断面に見られる年輪がつくり出す模様のこと、つまり「もくめ」のことである。また、人の皮膚や物の表面に見られる細かい模様のことや、その手ざわりのこともいう。そしてこの場合は「肌理」とも書く。これが転じて、何かをする際の配慮という意味になり、「きめが細かいもてなし」とか「きめの粗い仕事」とか行ったように使われるようになったというわけである。
 「きめ細か」はこの「きめ」と「細か」が結びついて1語になったもので、人の皮膚や物の表面が繊細でなめらかなさまや、さらには、物事に細かく気を配ってぬかりがないさまの意味を表すようになったのである。
 一方の「こまやか」は「こまか」と語源が同じで意味も近いが、漢字を当てると「細やか」あるいは「濃やか」などと書かれていた。「こまか」との違いは、「こまか」は場面によって、プラスの評価で使われたりマイナスの評価で使われたりすることがあるのに対して、「こまやか」はもっぱらプラスの評価で使われることであろうか。たとえば「こまかな人だ」は小さいことを問題にする人やけちな人という意味もあり、マイナス評価で使われることも多い。
 「こまやか」にも「こまやかな表現」「こまやかな心配り」のように、配慮や思いやりの気持ちが行き届いているという意味で使われるため、「きめこまやか」ともつい言ってしまいそうだが、「きめ」と結びついて使われたのは「こまか」だけである。
 だが、「きめこまやか」が今以上に広まると、やがて国語辞典としてもそれを認めざるをえなくなるのではなかろうかと心配になってくる。

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