第220回
「君子」は「豹変」すると、どうなるのか?

 「君子は豹変(ひょうへん)す」という成句をご存じだと思う。みなさんはふだんこれをどのような意味で使っているだろうか。
 実はこの成句も本来の意味とは違う意味が広まりつつあるのである。
 この成句の出典は、中国の『易経』という書物である。『易経』とは、中国五経(儒学で尊重する五部の経書(けいしょ))の一つで、陽と陰の印を組み合わせた六十四卦(け)によって自然と人生の変化の道理を説いた書である。
 「君子」とは、徳行のそなわった人、学識、人格ともにすぐれていてりっぱな人のこと。「豹変」とはヒョウの毛が季節によって抜け替わり、斑文も美しくなるということで、このヒョウの毛が抜け替わるように、君子は時代の変化に適応して自己を変革するという意だという。すなわち、本来の意味は、君子はあやまちを改めて善に移るのがきわめてはっきりしている、君子はすぐにあやまちを改めるという意味になる(『日本国語大辞典 第2版』)
 ところが、「豹変」は元来善い方に変わる意であったにもかかわらず、悪い方に変わるという意味が生じてしまう。それによって「君子は豹変す」にも、節操なく変わり身が早いという新しい意味が加わっていく。それがいつごろからかは特定できないのだが。
 この新しい意味はかなり広まりを見せていて、辞書でもこれを無視できなくなっている。そのため「君子は豹変す」を見出しとして載せている辞書のほとんどが、「俗に」というただし書きをつけつつも、この新しい意味を加えている。
 ただ、個人的な考えを述べさせていただくと、いくら新しい意味が広まっているとはいえ、出典がはっきりしていることばの意味を本来の意味とは変えて辞書に載せるのは、あまり気持ちのよいことではない。

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