日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第231回
「吝かでない」

 表題の「吝か」は難読語であろう。「やぶさか」と読む。ふつう「やぶさかでない」の形で使われることが多いのだが、この語も意味が揺れていることばのひとつである。先ごろ文化庁から発表された2013(平成25)年度の「国語に関する世論調査」でも、それが裏付けられた。
 「やぶさかでない」は「協力するのにやぶさかでない」のように使うのだが、本来の意味は「喜んでする」ということである。ところが、「仕方なくする」という正反対の意味が広まっている。文化庁の調査でも、すべての年代で、「喜んでする」の意味で使うという人が「仕方なくする」という意味で使うという人の割合を下回るという結果になった。
 しかも、本来の意味の「喜んでする」で使う人の割合は16~19歳から年代が上になるにつれて増えていき、40 代で約4割と最も高くなるのだが、なぜか50代以降になると今度はその割合は低くなっていく(つまり「仕方なくする」が増えていく)。 この語もまた、50代から存在するらしい“ことばの壁”が見られる。確かに「やぶさかでない」は日常語とはいえないかもしれないが、かといって死語というわけでもなかろう。この“壁”も謎である。
 「やぶさか」は「吝か」と書くが、漢字の「吝(りん)」は「けち」の意味で、「やぶさか」は物惜しみするさま、けちなさまという意味である。これが、「……にやぶさかでない」の形になって、~する努力を惜しまない、つまり、喜んで~するという意味になる。
 なぜ、50代から本来の意味で使う人が減少するのかはよくわからないのだが、正反対の意味が生まれた背景には「ない」という否定形に引きずられるということがあるのではないかと推測している。確証はないのだが。

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