日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第233回
「世間ずれ」の意味がずれてしまった……

 最初は何かの冗談かと思った。「世間ずれ」ということばのことである。世の中の考えから外れているという意味だと思っている人が増えていると聞いたからである。本来の意味は、世間を渡ってきてずる賢くなっているということなのだが。
 冗談かと思ったのは、世の中の考えから外れているという意味だと、「世間ずれ」の「ずれ」を「ずれている」と理解していることになるからである。もちろん「ずれ」は「ずれる」ではなく、「擦(す)れ」すなわち、世間でもまれて純粋さを失ったり、悪賢くなったりするという意味の「擦れる」である。「擦れる」を「ずれる」にするというのもしゃれなら面白いかもしれないが、日常使うことばの意味だとことは重大である。
 だが、文化庁が2004(平成16)年度に行った「国語に関する世論調査」では、「世間を渡ってきてずる賢くなっている」の意味で使う人が51.4パーセント、「世の中の考えから外れている」の意味で使う人が32.4パーセントと、まだ世の中からずれているだと思っている人は少数派で余計な心配は必要なかった。
 ところが先ごろ発表された2013(平成25)年度の調査では、「世間を渡ってきてずる賢くなっている」で使う人が35.6パーセント、「世の中の考えから外れている」で使う人が55.2パーセントと、何とわずか10年ほどの間に逆転してしまったのである。しかも、10代では8割台半ば、20代でも8割近くの人が、世の中からずれているだと思っている。このまま、こうした世代が年を重ね世代交代が進むと、みんなが理解しているこのことばの意味が完全に変わってしまう可能性だってある。
 辞書としては今のところ本来の意味を掲げ、補注か何かで、世の中からずれているという意味で使うのは誤り、などといった一文を添えるしか手だてはなさそうである。しかし、それだけではこの流れを食い止めることは不可能であろう。何とももどかしい。

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