第239回
「天地無用」

 漢字4字で構成される熟語を、「四字熟語」と呼ぶことはご存じだと思う。だが意外なことに、この呼び名は国語辞典によっては見出し語として載せていないものがけっこうあるのである。さすがに『大辞泉』『大辞林』『広辞苑』クラスの辞典には載っているのだが、お手元に小型の国語辞典があったらぜひ一度お調べいただきたい。
 漢字4字からなる熟語はすべて四字熟語と呼べるかというと、そういうわけではない。ふつうは成語として使われているものをいう。たとえば、「焼肉定食」も「一期一会」も同じく漢字4字から成り立っているが、「焼肉定食」は四字熟語とは言わないのである。

 前置きが長くなったが、今回取り上げる「天地無用」も漢字4字からできているが、成句ではない。だから厳密な意味では四字熟語とは言えない。にもかかわらず、最近はこの語を載せる辞書が増えてきているのである。その意味を取り違えている人が多いからであろう。「天地無用」はもともと運送業などで使われていた用語で、流通用の箱の表面などに書かれていたものである。そういった意味ではかなり特殊な語と言える。
 意味を取り違えている人がどの程度存在するかというと、2013(平成25)年度の「国語に関する世論調査」でおおよその実態を知ることができる。それによると、30代以上の世代では、正しい意味の「上下を逆にしてはいけない」と答えた人が、間違った言い方の「上下を気にしなくてもよい」をかなり上回っている。ところが、20代は前者が46.6%、後者が39.3%とかなり割合が接近していて、10代では、前者が30.5%、後者が36.6%と逆転している。若い人ほど正しい意味を理解していない人が多いということであろう。
 「天地」は、紙、本、荷物などの上部と下部のこと。「無用」は、してはならないこと、必要でないことの意味で、ある行為を禁止することを示す。たとえば、「問答無用」「立ち入り無用」「開放無用」も同じで、それをしてはならないということになる。したがって「天地無用」は、天地を逆にしてはいけないと言うことになるのだが、表現としてはちょっと無理があるためわかりにくいかもしれない。
 運送業などで用いる分には問題なかろうが、一般向けの場合はゆうパックがそうしているように、「逆さま厳禁」などのようなわかりやすい表現を用いたほうが無難な気がする。

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