第242回
「目を切る」

 「目を切る」といっても、「顔に小枝が当たって、目を切った」というときの「目を切る」ではない。新しい意味の「目を切る」なのである。どうもそれが広まりつつあるらしいのだ。“らしい”というのは、この語の存在に気付いたのがごく最近だからである。
 きっかけは、宮部みゆきさんの小説『ソロモンの偽証』によってであった。少年時代の愛読書の一つだったエーリヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』のオマージュとも思えるこの小説を夢中になって読んでいたら、以下のような文章が目に留まったのである。

 「河野探偵に話しかけられ、滝沢先生がようやく頭を持ち上げると、ふっきるように目を切った。」

 何となく意味は類推できたものの、このような「目を切る」の使い方は見たことも聞いたこともなかったので、すぐに手元の辞書を引いてみた。だが、もちろんどの辞書にも載っていない。唯一『日本国語大辞典』に見出しがあったのだが、それは「碾臼(ひきうす)や擂鉢(すりばち)の目を刻む。」という、まったく別の意味であった。
 『ソロモンの偽証』では「目を離す」とか「目をそらす」とかいった意味で使われていると思われたのでいろいろ調べてみると、「目を切る」は主に野球やサッカーなどの球技で使われていることばであることがわかってきた。たとえば、「走者は常にボールから目を切らないようにしなければいけない」「サッカーではボールから目を切るタイミングが大切である」などと使うらしい。テレビのスポーツ番組は比較的よく見るのだが、アナウンサーや解説者が「目を切る」と言っているのは聞いた記憶がないので、球技の監督やコーチなど指導者が使うことばなのかもしれない。
 なぜ、「目を切る」で「離す、そらす」という意味になるのか。辞書によれば「切る」には、「結びついているものや閉じているものを離したり、開けたりする。また、つながっている関係や継続する事柄、続いている気持や話などを断つ。」(『日本国語大辞典』)という意味があるので、どうやらそこから、「目を切る」は視線を離したり、見続けるという行為をやめたりするという意味になったらしい。
 宮部みゆきさんがこの語をどういう意図で小説の中で使ったのかは不明だが、今後辞書に載る可能性はじゅうぶんにありそうだ。目が離せない語の一つである。

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