第246回
「あごが落ちる」と「あごが外れる」

 食べた物がとてもおいしかったときに使う表現に、「あごが落ちる」という言い方があることはご存じだと思う。「ほっぺたが落ちる」と同じ意味である。ところがこの言い方は「あごが外れる」と混同して、大笑いをするという意味で使われることがあるらしい。だがそれは誤りで、『大辞泉』などもはっきりと間違いだと言い切っている。
 もちろん私もそのことに対して異を唱えようなどという気は毛頭無い。ただことはそれほど単純ではないという話をしたいだけなのである。
 なぜかというと、まず「あごが落ちる」を大笑いするの意味で使った江戸時代の用例が存在するからである。『日本国語大辞典』(『日国』)に引用されている、
*人情本・清談松の調〔1840〜41〕二・一一回「可笑しいので顎(アゴ)が落(オ)ちさうだ」
という例がそれだ。人情本とは江戸後期から明治初期まで刊行された、町人の恋愛・人情の葛藤(かっとう)などを描いた小説をいう。この意味で使われた「あごが落ちる」の例は『日国』を見る限りこの一例だけなので、作者が間違えているという可能性も否定はできない。だが、江戸時代にその意味で使っている人がいたという証拠のひとつにはなると思う。
 また、『日国』の方言欄を見ると、江戸時代の方言集に、大笑いするという意味の「あごが落ちる」が記録されていたということがわかる。それが載っているのは柴田虎吉編著の『宮訛言葉の掃溜(はきだめ)』(1821)という尾張国の方言集である。
 さらに話を混乱させるようで恐縮なのだが、『日国』の方言欄には、本来は大笑いするという意味であるはずの「あごが外れる」に、「たいそう味がよいことのたとえ」という意味も添えられている。典拠は近石泰秋編著『香川県方言辞典』(1976年)で、香川県では、美味しいと言うことを「あごが外れる」と言う地域があるらしい。
 このように見てくると「あごが落ちる」と「あごが外れる」の意味の混同は、限られた地域だけのことなのかもしれないが、かなり古い時代から存在していたと言えそうである。

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