第262回
「さようなら」

 「さようなら」はもちろん別れのあいさつに用いることばであるが、どうして「さようなら」と言うのかご存じだろうか。
 「さようなら」は「さようならば」の変化した語で、もともとは、それならば、それではという意味の接続詞である。それが、「ごきげんよう」「のちほど」などのほかの別れの表現と結びついた形で用いられるようになり、江戸時代後期に独立した別れのことばとして一般化するのである。
 たとえば、江戸時代の洒落本(江戸後期の遊里の風俗を描いた小説)の『曾我糠袋(そがぬかぶくろ)』(1788)には、「『さやうなら、御きげんよふ』『行ってまゐりやせう』」などとある。面白いことに「さようなら」が独立した別れのことばになるのと同様、「ごきげんよう」も別れのことばとして独立する。このことばがNHK朝の連続テレビ小説「花子とアン」で使われ話題になったことは記憶に新しい。
 江戸時代には「さようなら」のほかに、打ちとけた間柄で用いる町人ことば「おさらば」や、ぞんざいな言い方として「そ(す)んなら」なども使われた。これらは庶民が使ったことばだが、今でもちゃんと生きている。「おさらば」は「さらば」に接頭語「お」がついたことばで、本来は丁寧な言い方なのだが、近代以降は文語的な表現としては「さらば」が用いられている。一方武士階級はどうであったかというと、「しからば」が用いられた。
 「さようなら」「さらば」「しからば」はいずれにしてもすべて接続詞で、あとにほかの別れ表現が続いていたものが独立して使われるようになったものなのである。

 最後に蛇足ではあるが、「さようなら」について書こうと思った理由について少し触れておきたい。それは、境野勝悟さんという元ミッション系高校の教師だった方がお書きになった『日本のこころの教育』(致知出版社)という本に触発されたからである。この本は東京都江戸川区にある「読書のすすめ」という書店の名物店長清水克衛さんから、辞書編集者ならぜったいに興味を持つはずだと薦められた。「読書のすすめ」は、ベストセラー本を置かずに、お店が薦める本だけを棚に並べるというたいへんユニークな書店である。この本の中に、「さようなら」ということばにまつわる次のようなエピソードが語られているのである。
 著者の境野先生が教師に成り立てのときに、ドイツ人神父の校長から「さようなら」の意味を尋ねられたのだが、とっさには答えられなかったのだという。するとその校長先生はこう言ったのだそうだ。
 「日常の身の辺りの日本語について深い関心を持って研究してみてください。そうしているうちに、だんだん、日本人のこころというものがわかってくると思います。」
 まさにその通りではないだろうか。

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