第281回
「たまご」は「卵」か「玉子」か?

 スーパーのチラシなどで、「本日の特売品 玉子 1ケース 〇〇円」などと書かれているのをご覧になったことがあると思う。これを見て、「たまご」は「常用漢字表」には「卵」という漢字がちゃんとあるのに、なぜ「玉子」と書くのかと疑問に思ったことはないだろうか。
 あるいはお手元に国語辞典があったら、「たまご」という項目を引いてみてほしい。いかがであろうか。辞書にもよるのだが、見出しの漢字表記欄に「玉子」という表記が示されていないものもあるのではないだろうか。
 なぜ辞書の漢字表記欄では示されていないのに、「玉子」はふつうに使われているのだろうか。
 そもそも「たまご」という語が使われるようになったのは、室町時代以降ではないかと考えられている。それ以前はというと、「かいご」と言われていたらしい。たとえば、平安中期の漢和辞書『十巻本和名類聚抄』(934年頃)には、「卵 陸詞曰卵〈音嬾加比古〉鳥胎也」とある。〈音嬾加比古〉という部分が「卵」の読みを示していて、「嬾」は「ラン」、「加比古」は「かひこ(かいこ)」である。「かひ(かい)」は「貝」や「殻」と同語源であろう。
 「かいご」に代わって「たまご」が優勢になっていくのは中世においてで、「蚕」も「かいご」と呼ばれていたため、同音衝突を避けようとしたからだと考えられている。ただし、日本イエズス会がキリシタン宣教師の日本語修得のために刊行した辞書『日葡辞書』(1603~04)に「Tamago (タマゴ)〈訳〉鶏卵。カミ(上)ではCaigo(カイゴ)という」という記載があることから、近世初期までは「かいご」「たまご」が併用されていたことがわかる。「カミ」とは近畿方言のことである。
 江戸時代に入ると、「たまご」が急速に広まるだけでなく、「玉子」の表記も生まれる。「玉子」は音による当て字だと考えられている。
 「玉子」という表記は料理関係の文献に多く見られ、たとえば、『料理物語』(1643年刊)には「玉子酒 玉子をあけ、ひや酒をすこしづつ入、よくときて塩をすこし入、かんをして出候也」などとある。
 『料理物語』は日本最古の料理書で、以後江戸時代に盛んに出版された料理書に大きな影響を与えたと言われている。その影響が漢字の表記にまで及んだかどうかは不明だが、主に料理の世界で「たまご」をいう場合は「玉子」の表記が圧倒的に多くなり、今に至っている。
 現在でも「卵」と書くときは、「ニワトリが卵を産む」などのように生物学的な観点の場合が多く、「玉子」は「玉子焼き」などのように料理で使われることが多い。ただし、「たまご焼き」は「卵焼き」と書かれることがまったくないとは言えない。
 新聞はどうかというと、たとえば共同通信社の『記者ハンドブック』では、
(玉子)→卵 卵とじ 卵焼き
として「常用漢字表」にあるからだろうか「卵」を使うようにしている。ただし、〔注〕として、
「玉子丼」は別。
とある。
 だが、なぜ「玉子丼」のときだけ「玉子」なのかはよくわからない。

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