第294回
「眉(まゆ)を○○める」

 心の中に心配事や憂いごとがあったり、他人のいやな言動に不快を感じたりして表情に出すことを、皆さんは「眉をひそめる」「眉をしかめる」のどちらを使うだろうか。
 2014(平成26)年度の文化庁「国語に関する世論調査」では、それについての設問があった。結果は、「眉をひそめる」を使うという人も「眉をしかめる」を使うという人もともに44.5%と、きれいに分かれてしまった。しかも、興味深いことに50代、60代では「眉をしかめる」派が多くなるのである。これはいったいどういうことなのであろうか。
 この2つの言い方はどういう関係かというと、従来は「眉をひそめる」が本来の言い方で、「眉をしかめる」は誤用だと言われてきた。実際『明鏡国語辞典』(大修館)では「眉をしかめる」は誤用だと言い切っている。「顔をしかめる」との混合だということのようである。
 だが、本当に「眉をしかめる」が誤用なのだろうかというのが今回のテーマである。別に自分が「眉をしかめる」派が多い世代に属するから、それを弁護しようというわけではないのだが。
 『日本国語大辞典』(『日国』)では「眉をひそめる」の最も古い例として以下のものを載せている。

*将門記承徳三年点〔1099年〕「眉を[口+頻](ヒソメ)て涕涙す」

 「将門記承徳三年点」というのは平将門の乱を漢文体で描いた軍記物『将門記』を、承徳三年に訓読したものである。
 一方、時代はかなり下るが、「眉をしかめる」にも以下のような用例がある。

*清原国賢書写本荘子抄〔1530年〕六「深[月+賓]は深く眉をしかむるを云」

 『清原国賢書写本荘子抄』は、室町後期の漢学者で国学者でもあった清原宣賢(きよはらののぶかた)が漢籍の『荘子』を講義した際の筆記録である。それをのちに清原国賢(きよはらのくにかた)という人が筆写したものがこの本である。「眉をしかむる」という部分は、おそらく清原宣賢が語ったものとして原本からそうなっていたのであろう。そして、それを筆写した国賢も何の疑問も感じずにそのまま書き写している。講義をした宣賢も筆写をした国賢もこの時代の最高の知識人だという点に注目していただきたい。そのような人たちが使っている「眉をしかめる」を誤用と断定していいのだろうかという疑問がわいてくる。
 さらに「眉をひそめる」と同じ意味の「眉を○○る」という言い方は、『日国』を見ると、他にも存在することがわかる。
 「眉を曇(くも)らす」「眉に皺(しわ)を寄(よ)せる」「眉を集(あつ)める」「眉を寄(よ)せる」などである。ただしこれらの語は『日国』ではすべて「眉をひそめる」に解説をゆだねている。つまり、「眉をひそめる」が最もポピュラーな言い方であるとしているわけで、そのことに異議を唱える気はまったくない。ただ、誤用だとされる「眉をしかめる」もそのバリエーションの一つと考えた方がいいのではないかと思うのである。

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