第308回
「花散らし」ってどういう意味?

 「花散らし」ということばをご存じだろうか。桜の散る季節に、テレビやラジオのニュースなどで、「花散らしの雨(かぜ)」などと言っているのをお聞きになった方もいらっしゃるのではないだろうか。もちろん桜の花びらを散らすという意味で使われているのだが、実は小型の国語辞典には載っていないことばなのである。
 だが、だからといって最近生まれたことばかというとそういうわけではない。『日本国語大辞典』(『日国』)、や『広辞苑』などには載っているのである。ただし、そこに書かれているのは、花びらを散らすというものではない、まったく違う意味なのである。
 たとえば『日国』では「方言」として扱っていて、「陰暦三月三日の節句の翌日に野山に遊びに出ること」と解説されている。つまり、「花散らし」と呼ばれる風習があるというのである。そして、この語が使われる地域を、その根拠となった方言資料集から、佐賀県東松浦郡、長崎県対馬(つしま)、壱岐島(いきしま)だとしている。東松浦郡は佐賀県の北西部にあり北は玄界灘に面していて、玄界灘をはさんで壱岐島と向かい合った地域である。他にもこのような風習を「花散らし」と呼んでいる土地はあるのかもしれないが、『日国』を見る限りではかなり限定された地域で使われていたものと推察される。
 ただし「花散らし」は俳句の季語として用いられることがあるのか、ほとんどの歳時記には「磯遊(いそあそび)」の同義語として載せられている。「磯遊」とは文字通り磯に出かけて遊ぶことだが、特に3月の節句のころに海岸や河原に遊びに行くことを言う。もっとも同義語とは言っても「花散らし」は野山に遊びに行くという違いはある。
 陰暦だとその頃は地域によっては桜が咲く時期に当たることから、野山に出かけることを桜の花びらを散らしに行くのだと少し風流に言ったのであろうか。「磯遊」にしろ「花散らし」にしろ、春の訪れをことほぐ行事であったものと思われる。
 なお、インターネットで「花散らし」を検索すると、散るのは桜ではなく、若い男女が野山に出かけるのだから男女のことを暗示させる語だと述べているものもある。その可能性は否定できないが、だからといってそう言い切る根拠はどこにもない。
 また、「花散らし」という語は方言だと書いたが、「花を散らす」「花散らす」という言い方は古くから存在していた。風が吹くなどして、花を枝から落とすといった意味である。『古今和歌集』(905~914)にも素性(そせい)という当時の代表的な歌人の以下のような歌が収められている。

 「花ちらす風の宿りはたれかしるわれに教へよ行きて恨みむ」(春下・七六)

 桜の花を散らせてしまう風が、一時的にとどまっているところを誰か知っているだろうか。私に教えてほしい。訪ねていって恨み言を言ってやろう、といった意味である。
 この「花(を)散らす」という表現が、本来は別の意味であった名詞の「花散らし」といつの間にか結びついて、「花散らしの雨」のような言い方が生まれたのかもしれない。

★神永曉氏、朝日カルチャー新宿教室に登場!
 辞書編集ひとすじ36年の、「日本語、どうでしょう?」の著者、神永さん。辞書の編集とは実際にどのように行っているのか、辞書編集者はどんなことを考えながら辞書を編纂しているのかといったことを、様々なエピソードを交えながら話します。また辞書編集者も悩ませる日本語の奥深さや、辞書編集者だけが知っている日本語の面白さ、ことばへの興味がさらに増す辞書との付き合い方などを、具体例を挙げながら紹介されるそう。
講座名:辞書編集者を惑わす 悩ましい日本語
日時:5月21日(土)13:30-15:00
場所:朝日カルチャーセンター新宿教室
住所:東京都新宿区西新宿2-6-1 新宿住友ビル4階(受付)
くわしくはこちら→朝日カルチャーセンター新宿教室

キーワード:

悩ましい国語辞典
―辞書編集者だけが知っていることばの深層―

「日本国語大辞典」の編集担当者を惑わすことばの不思議スリリングに揺れる日本語の深さ! 面白さ満載!
「うがった見方」は「疑ってかかるような見方」ではない/「悲喜こもごも」を合格発表の描写で使うのは誤り/「まじ! 」は、江戸時代の小説に使用例がある/スコップとシャベルはどちらが大きいか?西日本と東日本では違う/「谷」を「や」と呼ぶのは音読みでも訓読みでもない方言/「あばよ」の語源は幼児語の「アバアバ」

ジャパンナレッジとは

ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額550万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。
日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。

ジャパンナレッジ Personal についてもっと詳しく見る