第310回
「弱冠」は何歳?

 「弱冠23歳で横綱になる」などと言うときの「弱冠」だが、もちろんここでは年が若いという意味で使われているということはおわかりだと思う。だが、それでは何歳から何歳くらいまでが「弱冠」の許容範囲と言えるのかということをお考えになったことはあるだろうか。
 そもそも「弱冠」とは、古代中国の周の制度で、男子20歳を「弱」といい、そのときに元服して冠をかぶるところから生まれた語である。従って、本来は男子20歳の異称であった。ところが次第に意味が拡大し、20歳に限らず年齢の若いことを言うようになるのである。
 では何歳くらいまでが「弱冠」と言えるのだろうか。確実な上限の例とは言えないまでも、有吉佐和子の小説『助左衛門四代記』(1963年)に以下のような記述がある。

 「弱冠三十四歳で和歌山県会の議長を勤めるようになっていたから」

 34歳が若いかどうかということは議論のあるところであろうが、ここで「弱冠」が使われているのは、県議会の議長に就任するには若いという意識があるのかもしれない。とすると、年齢に上限があるというよりも、特定の役職なり地位なりに就くには若いという意識が働くときには、20歳よりもかなり年齢が上でも「弱冠」が使われると考えられる。
 では下限はどうであろうか。
 たとえば、東京都知事も務めた作家猪瀬直樹氏の『ミカドの肖像』(1986年)に、

 「そのなかに、康次郎が弱冠十五歳で肥料商の看板を出していたときに宣伝用に配られた団扇(うちわ)が額に入れて飾ってあった」

とあり、この例はほとんど下限と言えそうである。この例の場合は、年少でありながらひとかどの人間になったというニュアンスが込められているのかもしれない。
 国語辞典での扱いはどうかというと、辞書に載せられた例文の中では20歳以下の年齢で使ったものとしては、17歳くらいまでが多いようである。しかもそれらは、若いながら立派であるという意味合いの例が多いような気がする。
 なお、「弱冠」の「弱」は日本では「わかい」という意味よりも「よわい」という意味で使われることが多いためであろう、同じく「ジャク」と読む「若冠」という使用例が江戸時代以降、現在に至るまでに見られるようになる。
 だが、国語辞典では「若冠」を見出し語にしているものはまだ出ておらず、むしろ誤りであるとしているものもある。新聞などはどうかというと、たとえば時事通信の『最新用字用語ブック』では

(若冠)→弱冠

として、「若」には誤用の字であることを示す、▲印が脇につけられている。
 「若冠」だと思い込んでいる人への配慮であろうが、今後そのように書く人がさらに増える可能性は否定できないと思う。

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