第331回
「かねて」と言うべきか、「かねてから」と言うべきか?

 「かねてからの希望どおり、会社を辞めて自分の店をもった」
 この文章を読んで、「おや?」っとお思いなった方はどれくらいいらっしゃるだろうか。何が問題なのかというと、「かねてから」という言い方である。
 実は、この「かねてから」は意味が重複するいわゆる重ねことばなので、新聞などでは避けるべきであるとされているのである。
 たとえば時事通信社の『用字用語ブック』でも、「かねてから」は重複表現であるとして、「かねて」と書くべきだとしている。ほかの新聞社の用字用語集も同様なので、例外があるかもしれないが、新聞記事はほとんど「かねて」と書かれているはずである。「かねて病気療養中のところ……」などのように。
 では、なぜ「かねてから」が重複表現になるのだろうか。「かねて」は、動詞「かぬ(兼)」の連用形に接続助詞「て」がついたものであるが、「兼ぬ」には一つの物が二つ以上の働きを合わせもつという意味のほかに、将来のことまで考える、予想するという意味もあった。この意味の「兼ぬ」に「て」がついて一語化し、副詞として使われるようになり、「以前から」「あらかじめ」の意味になっていくのである。だからそれに「から」をつけて「かねてから」とすると、以前からという意味が重なってしまうというわけである。
 確かにその通りなのだが、「かねてから」という語はけっこう古くから使われているのである。たとえば、幸田露伴の小説『五重塔』(1891~92)には、

 「いづれ親方親方と多くのものに立てらるる棟梁株とは、予(かね)てから知り居る馴染のお伝という女が」

という例がある。
 さらに、「かねてから」よりも古い「かねてより」という言い方も存在する。こちらなどは、『日本国語大辞典』によれば、『古今和歌集』や『源氏物語』といった平安時代の用例がある。
 このように「かねてから」「かねてより」の用例が古くからある存在することから、これらを歴史的に見れば重ねことばとは言えないと考えて、国語辞典では「かねて」の例文の中に「かねてから」「かねてより」の形も同時に示しているものが多い。
 新聞の立場と辞書の立場とが異なっている語の1つである。

★神永曉氏、語彙・辞書研究会「辞書の未来」に登場!
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語彙・辞書研究会第50回記念シンポジウム「辞書の未来」
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[パネリスト]
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神永 曉(小学館 出版局「辞書・デジタルリファレンス」プロデューサー)

日時 2016年11月12日(土) 13時15分~17時
会場 新宿NSビル 3階 3J会議室
参加費【一般】1,800円【学生・院生】1,200円 (会場費・予稿集代等を含む)
くわしくはこちら→http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/goijisho/50/index.html

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