日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第336回
「共働き」と「共稼ぎ」

 「共働き」と「共稼ぎ」は、夫婦が揃って勤めに出て家計を支えるということで、意味的にはほぼ同じように使われる。だが、「共働き」は「共稼ぎ」の語感を嫌って使われるようになった語だと言われていて、新聞なども「なるべく『共働き』に言い換える」(時事通信社『用字用語ブック』)としている。「共稼ぎ」は「金を稼ぐ」という意味合いが強いため、そこが嫌われた理由であろうか。
 『日本国語大辞典』(『日国』)によれば、「共働き」の語が使われるようになったのは比較的新しく、昭和初年ころからのようである。『日国』の「共働き」項には、婦女界社編輯部編の『結婚心得帖』(1930年)の例がもっとも古い例として引用されている。ただ辞書の例文なので仕方の無いことではあるが、引用されているのは一部分だけなのだが、面白い例なので、その前後を含めて引用しておく。「共働き夫婦の心得(十一ケ条)」という中にある。

 「3 家事に手を貸せ、口出すな
 共働き─それは一種の戦時状態です。妻より先に帰宅したら時計を睨んで待ってゐる間に、火鉢の火位はおこしておくこと。それはしないで、口先ばかりで手伝はれたのぢゃ、いつか不平が爆発するのは知れきった話です。」

 いかがであろうか。現代の男性にも耳の痛い内容だと思う。
 語感が嫌われたと言われている「共稼ぎ」は、江戸時代から見られる語である。ただし、たとえば、『日国』で引用されている、

*浄瑠璃・夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)(1745)二「それより堺の南の棚で夫婦友かせぎの魚商売」

のように、現在のような夫婦が別々に働きに出ているのではなく、一緒に商売や農業などをしていて生計を立てているという例がほとんどである。
  「共稼ぎ」は、辞書によっては「『共働き』の古い言い方」(三省堂『現代新国語辞典』)などとしているものもあるくらいで、現代語の辞書ではやがて消えてしまう運命にあるのかもしれない。それはそれでちょっと寂しい気もする。

★神永曉氏、語彙・辞書研究会「辞書の未来」に登場!
「日本語、どうでしょう?」の著者、神永さんが創立25周年の語彙・辞書研究会の第50回記念シンポジウムにパネリストとして参加されます。現代の日本において国語辞書は使い手の要望に十分応えられているのか? 電子化の時代に対応した辞書のあり方とは一体どういうものなのか? シンポジウム「辞書の未来」ぜひご参加ください。

語彙・辞書研究会第50回記念シンポジウム「辞書の未来」
【第1テーマ】日本語母語話者に必要な国語辞書とは何か
[パネリスト]
小野正弘(明治大学教授)
平木靖成(岩波書店辞典編集部副部長)
【第2テーマ】紙の辞書に未来はあるか
――これからの「辞書」の形態・機能・流通等をめぐって
[パネリスト]
林 史典(聖徳大学教授)
神永 曉(小学館 出版局「辞書・デジタルリファレンス」プロデューサー)

日時 2016年11月12日(土) 13時15分~17時
会場 新宿NSビル 3階 3J会議室
参加費【一般】1,800円【学生・院生】1,200円 (会場費・予稿集代等を含む)
くわしくはこちら→http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/goijisho/50/index.html

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