第340回
悪事には“荷担”するのか、“加担”するのか?

 「悪事にカタンする」「陰謀にカタンする」というときの「カタン」を漢字で書けと言われたら、どのように書くだろうか。大方は「加担」であろうか。
 だが、「加担」は比較的新しい表記で、古くは「荷担」と書かれていたのである。「荷担」は文字通り、荷物をになうこと、荷をかつぐことといった意味である。それが他人の荷を背負うところから転じて、力を貸すこと、助けること、また、味方になることという意味に変化していく。
 荷物をになうという意味では、たとえば南北朝動乱の歴史を描いた軍記物『太平記』(1368〜75頃)に以下のような使用例がある。

 「三種神器を自ら荷担して、未だ夜の中(うち)に大和路に懸(かかり)て、梨間(なしま)の宿(しゅく)までぞ落し進(まいら)せける」(一八・先帝潜幸芳野事)

 刑部大輔景繁(ぎょうぶのたいふかげしげ)という者が三種の神器を自分で担いで、後醍醐天皇を幽閉先(花山院)から、奈良街道上の交通の要衝である梨間の宿まで逃がしたという場面である。この後、後醍醐天皇は吉野へ向かう。
 この、荷を担ぐ意味の「荷担」が、室町時代の終わり頃には力を貸すという意味に転じたものと思われる。
 「加担」の表記が生まれたのはそれよりもかなり新しい。ふつうは、『日本国語大辞典』(『日国』)で引用している福沢諭吉『福翁自伝』(1899年)の「王政維新の際に仙台は佐幕論に加担して」という例がもっとも古いとされていた。だが、実はわずかながらそれよりも古い例があった。黒岩涙香の『血の文字』という小説で発表は1892年である。
 「今一思ひと云ふ所で何故無理に僕を制した、君はあの女に加担する気か、え君」
 この例は『日国』第3版で追加することができるであろう。なお、同時期に私家版として刊行された大槻文彦編の辞書『言海』(1889~91)には「荷担」の表記しか示されていないので、「加担」が定着するのはさらに後のことと思われる。
 たとえば、1961年(昭和36年)に、第五期国語審議会の第二部会というところが、第42回国語審議会総会で「漢字用記の『揺れ』について」という報告を行っている。それには、「次に掲げる語なども,かっこの中のように書かれることがあるが,これらは今日ではまだ誤りとみなすべきであろう。」として、「荷担(加担)」も掲げている。つまり「加担」は誤りだと述べているのである。ただ、これには注記があり、「これらのうち,『荷担』『決着』などは,今日では『加担』『結着』の語を記載する辞典もあるくらいなので,むしろ8の例として扱ったほうがよいかもしれない」としている。「8の例」というのは、「漢字表記のゆれの多くは,同音類義ないし同音異義の語であるとして,使い分ける必要がある。しかしながら,こういう場合,漢字の意味のわずかな相違にあまりにこだわることは,社会一般としては限度があるであろう。」と考えられる語だというのである。このときの国語審議会自体の判断にも「ゆれ」が見られるというわけである。
 国語辞典では「荷担」「加担」両様の表記を示すものが多く、辞書によっては「加担」が優勢であることを注記しているものもある。たとえば『現代国語例解辞典』では、「現在は参加の意識から『加担』を用いることも多い」としている。新聞では「加担」が一般化していると判断して、さらに進んで「加担」を統一表記とするようにしている。「加担」が広まっているのはそうしたことにもよるのであろう。

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悩ましい国語辞典
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