第358回
「あて」

 「冷や奴をあてに一杯飲む」などのように、「あて」ということばを普通に使っているだろうか。「あて」を、酒の肴(さかな)の意味で。
 もし国語辞典がお手近にあったら、この「あて」を引いてみていただきたい。辞典にもよるのだが、意味が載っていなかったというかたも、けっこういらっしゃるのではないだろうか。あるいは、関西方面で使われるといった内容の但し書きのある辞典をお持ちかもしれない。
 そう「あて」はもともとは関西の方言だったのである。だから、この語を載せていない辞典も存在しているというわけである。私の周りでも「あて」と言う人は最近増えているのだが、千葉県出身の私はまったくと言っていいほど使うことはない。「さかな」か「つまみ」である。
 関西方面ではけっこう古くから酒の肴のことを「あて」と言っていたらしく、『日本国語大辞典(『日国』)』では、『大坂繁花風土記(おおさかはんかふどき)』(1814年)の「酒の肴を、あて」という例を引用している。
 ただ、なぜ関西方面で酒の肴を「あて」と言うのかはよくわからないらしい。『日国』では、この酒の肴の意味とは別に、「食事のおかずをいう、演劇社会などの隠語」という意味も記載されているのだが、それとの関係も不明である。だが、全く無関係とも思えない。
 その意味では、以下のような例が引用されている。

 *浮世草子・当世芝居気質〔1777〕一・一「ホヲけふは何とおもふてじゃ大(やっかい)な菜(アテ〈注〉さい)ぢゃな」
 *南水漫遊拾遺〔1820頃〕四「歌舞妓楽屋通言〈略〉あて 飯のさい」

 『当世芝居気質(とうせいしばいかたぎ)』の作者半井金陵(なからいきんりょう)は大坂の人である。
 また、『南水漫遊拾遺』の作者は歌舞伎役者で随筆家でもあった浜松歌国(はままつうたくに)だが、歌国も出身は大坂である。『南水漫遊』は初編・続編・拾遺とあり、内容は歌国が在住していた大坂の事跡、特に演劇について述べられている。『大坂繁花風土記』とほぼ同時代のものであるので、関係がまったくないとは言い切れない気がする。だとすると、酒の肴の「あて」も大坂の芝居関係者の隠語だったのかもしれない。
 こんな話もまた、酒のいい“肴”になりそうだと思うのだが、いかがであろうか。

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