第359回
将棋は「指す」で、碁は「打つ」ではなかったのか?

 最年少棋士藤井聡太四段の連勝記録が話題になり、にわかに将棋ブームとなっている。だが、今回話題にしたいのはそのことではない。将棋と囲碁をすることを何と言うかという、ことばの問題である。
 まずは以下の文章をお読みいただきたい。国会会議録で検索して見つけた、ある国会議員の発言である。

 「囲碁を打つ人とか将棋を打つ人で筋が悪いと言われると、ごり押しでいくような政策を意味するんですけれども。」(衆議院 -厚生労働委員会 - 7号 2007年19年11月16日)

 どこに注目していただきたいのかというと、冒頭の「囲碁を打つ人とか将棋を打つ人」という部分である。おや?とお思いになったかたも大勢いらっしゃることであろう。囲碁は「打つ」でいいが、将棋は「指す」ではないかと。そう、将棋をすることは、古くから「将棋を指す」と表現されてきたのである。
 将棋はインドで起こり、中国から日本に伝わったと考えられているが、将棋が日本の文献に現れるのは平安時代からである。「将棋を指す」の用例は、それよりも下って『日本国語大辞典』(『日国』)では、
*俳諧・誹諧之連歌(飛梅千句)(1540)「かものけいばに袖はぬれけり しゃうきさすののみや人に雨ふりて」
が最も古い例である。
 もちろん用例がないからと言って、それ以前に「将棋を指す」と言わなかったかというと、そういうことはないであろう。ただこれによって、室町以降「将棋を指す」が本来の言い方として定着していったということが確認できる。
 ところが、冒頭の国会議員のように「将棋を打つ」と言う人がいるのはどういうわけであろうか。間違いなくそれは「碁(囲碁)を打つ」との混同だと思われる。くだんの国会議員の場合はその前に「囲碁を打つ」と言っているので、勢いで将棋も「打つ」と言ってしまった可能性もあるかもしれない。だが、国会会議録ではこれ以外にも、「将棋を打つ」と言っているものが7例もあるのである。
 ただ、将棋で「打つ」と言わないかというと、そういうわけではない。手持ちの駒を盤上に置くことは、「打つ」と言う。「桂馬を打つ」などのように。
 しかし、将棋をすることを表す動詞は「打つ」でなく「指す」なのである。なぜ「指す」なのかはよくわからないが、盤上の駒を動かす行為がそのように感じられるということかもしれない。
 一方の碁(囲碁)も中国から伝わり、日本では平安時代には行われていたらしい。そしてこちらは「碁を打つ」と言う。『日国』に引用されている「碁を打つ」の最も古い例は、『古今和歌集』所収の紀友則(きのとものり)の歌の詞書(ことばがき=和歌の前書き)である。
 だが、「碁を打つ」のほうもなぜ「打つ」なのかよくわからない。石を置くという動作が、「打つ」の語義に適うからなのであろうか。
 そして囲碁の場合も、国会の会議録を見ると「将棋と囲碁をさす」という例も2例あるのだが、驚いたことに単独で「碁(囲碁)をさす」と言っている例が2例ある。
 私は、「将棋を打つ」と「碁(囲碁)を指す」の使用例は、国会の会議録以外ではインターネットのブログなどからしか見つけられていない。趣味が悪いと言われそうだが、確実な文献例は未採集なのである。そのためその言い方は、実際にはあまり広まっていないと考えていた。
 ところが、国会議員の間では、将棋は「打つ」もの、囲碁は「指す」ものだと思っている人が他と比較したときの使用例の割合からするとけっこう多いような気がするのだが、なぜなのであろうか。新たな疑問である。

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