第362回
「知れる」は「知ることができる」という意味か?

 先ずは以下の文章をお読みいただきたい。

 雑誌のジャンルに、定期的に発行されるものを全部揃えると、そのテーマの内容が完成する形式のものがある。分冊百科、あるいはパートワークなどと呼ばれているのだが、これはそうした形式でザ・ビートルズの全LP盤を刊行するという、デアゴスティーニ社の宣伝文句である。

20世紀を席巻した伝説のバンド「ザ・ビートルズ」
その名盤達を完全コンプリートできるシリーズ。(中略)
伝説のバンドの全てを知れる。

 ビートルズファンであれば垂涎物の企画であろうが、話題にしたいのはそのことではない。末尾の「全てを知れる」の「知れる」という言い方についてである。
 この意味の場合、私なら「全てを知ることができる」と書くところである。もちろん、「知れる」を知ることができるという可能の意味で使う人がいるということは知っている。だがそれは主に口頭語だけであろうと思っていたのだが、このように宣伝文という書かれた文の中で使われているのを見つけて、かなり新鮮に感じたのである。
 この「知れる」は「知る」の自動詞形で、自発・可能の意味をもつと考えられるのだが、従来は自発の意味で使われることの方が多かった。たとえば、「気心の知れた人」「行方が知れる」「あんなことを言うなんて、気が知れない」などである。これらはすべて、その人のもっている性質や考え方、行った先、考えが自然にわかる、知ることができるという自発の意味である。
 日本語には五段活用の動詞が下一段活用に転じて可能の意味を持つようになった、可能動詞と呼ばれるものがある。たとえば「読む」「書く」「言う」から派生した、「読める」「書ける」「言える」などがそれである。
 ただ五段活用の動詞が下一段活用に転じたからといって、すべてが可能の意味で使われるのかというとそういうわけではなく、自発の意味で使われる方が多い語もある。たとえば「笑う」「泣く」に対する「笑える」「泣ける」は、笑うことができる、泣くことができるという意味でも使われるであろうが、自然に笑ってしまう、ひとりでに泣いてしまうという意味で使われることの方が多いと思われる。
 「知れる」も、「笑える」「泣ける」と同じように、従来は自発の意味で使われることの方が多かったのだが、可能の意味でも使われるようになったというわけである。ただし、「知れる」の可能の意味「知ることができる」について触れている国語辞典は、今のところほとんどない。「知れる」を可能の意味で使うようになったのはけっこう新しい言い方だからである。
 だが、冒頭の宣伝文だけでなく、若い世代では可能の意味で使うという人が増えているという調査結果もある。だからこの宣伝文を書いたのは、私のようなビートルズ世代ではなく、もっと若い世代のかただろうと推測している。
 いずれにしても、今後「知れる」の可能の意味について言及する国語辞典は、確実に現れるであろう。

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