第366回
「存亡の危機」と「存亡の機」

 267件と0件。何の数字かおわかりだろうか。国会会議録で「存亡の危機」と「存亡の機」を検索した数である。前者が「存亡の危機」、後者が「存亡の機」である。
 国会会議録は第1回国会(1947年5月開会)以降のすべての本会議、委員会等の会議録であるが、私がこの2語を検索したのは2017年9月21日である。国会会議録は常に更新されているので、その後数字が若干動いているかもしれないが、「存亡の機」の使用例が1例でもカウントされる可能性は低いであろう。9月21日以降、このコラムが公開されるまでの間に臨時国会が召集されたが、初日に安倍総理は衆議院を解散させてしまったからである。
 なぜ9月21日にこだわったのかというと、ちょっとしたわけがある。この日文化庁から2016(平成28)年度の「国語に関する世論調査」の結果が発表され、「存亡の機」を使うという人が6.6%、「存亡の危機」を使うという人が83.0%と、圧倒的に後者を使うという人の方が多いというものだったからである。
 国会の会議録も今回の文化庁の調査結果も決して特別なわけではなく、国立国語研究所の大規模言語資料のコーパスでも、「存亡の機」の使用例は1例も見当たらない。「存亡の危機」は24例あるのだが。
 ところが、数字はそうであっても本来の言い方は「存亡の機」の方なのである。生き残るか滅亡するかの重大な時機、場合という意味で使われる。「存亡の秋(とき)」と言うこともあり、「機」も「秋」もちょうどそのとき、重要な時期といった意味である。
 『日本国語大辞典』では「存亡の機」の漢籍の例として、『戦国策』の「計者、事之本也、聴者存亡之機也〔=計は事の本なり。聴は存亡の機なり〕」(秦策・恵文王)を引用している。『戦国策』は古代中国の戦国時代に、列国間の外交政策を説いてまわった遊説家の弁論を記した書物である。文意は、計略を立てるということは国の政事の根本であり、献策に耳を傾けるということは国の存亡のかなめであるといった内容である。
 「存亡の機」を「機」ではなく「危機」というと、危機は悪い結果をもたらすかもしれない、あぶない状態という意味であるから、表す意味が異なる。だが、危ない状態であることを強調したいがために、「存亡の危機」という言い方が生まれたのかもしれず、それはそれでわからないでもない。
 なお、「存亡の危機」の使用例を見ると、「存亡」よりは「存続の危機」と言った方がよさそうな例が見受けられる。「存亡の機」はまさに「存続の危機」にひんしているのである。

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