日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第373回
「みそじ(三十路)」の「そじ」って何?

 まずは鴨長明『方丈記』(1212年)の一節をお読みいただきたい。

 「ここに六(む)そぢの露消えがたに及びて、更に末葉(すえは)の宿りを結べる事あり」

 ここに60歳の露のような消えかかりそうな命にまでなって、いまさらにまた最後の露の命を宿す住まいを作った、といった意味である。
 鴨長明が晩年に住んだ、現在の京都市伏見区日野の法界寺の南に結んだ方丈の庵について書いた部分である。方丈とは、一丈(=約三メートル)四方の広さである。四畳半よりもやや広い。
 だが、今話題にしたいのは方丈のことではなく、「六(む)そぢ」についてである。お手元にある国語辞典で「むそじ(六十路)」を引いてみていただきたいのだが、ほとんどの辞典は、60または60歳のことと説明されているはずである。だとすると、私は現在61歳なので、「むそじ」とは言えないことになる。しかし実際にはどうであろうか。「むそじ」といった場合、60代のことも言っているのではないか。
 「むそじ」のような「~そじ」という語は、20歳の「ふたそじ」からあるのだが、国立国語研究所のコーパスを見ると、「みそじ」つまり30歳の使用例が最も多い。しかも面白いことにこのコーパスでは「ふたそじ」の例は一つもない。「みそじ」というのは年齢の一つの山という意識が強いため、多用されるのかもしれない。 
 それはさておき、コーパスには、たとえば「みそじ半ば」とか「後一年でみそじも終わる」というような例が見られる。これは明らかに、30歳ではなく30代の意味で使っている。
 本来の意味は「むそじ」「みそじ」はジャスト60歳、30歳のことであるが、60代、30代の意味で使われることがかなり広まっているのではないだろうか。だとすると国語辞典も今後語釈を変えなければならない。ただ、私の見た中では『三省堂国語辞典』が、30代、60代という意味も載せている。さすがだと思う。これに追随する辞典がこれから出てくるであろう。
 ちなみに「そじ」とは、数を数えるのに10を単位としていう語である。「そじ」の「そ」は「十」だが、「じ」を「路」と書くのは当て字である。元来は「ち」と濁らず、「はたち(二十歳)」の「ち」も同じだと考えられている。現在ではもっぱら年齢を数えるのに用いられるが、古くは物の数を数えるのにも広く用いられていた。「じ」を「路」と当てたことにより、「三十路」などのように、年齢の区切りを人生の一つの山場であるとする意識が生まれたのかもしれない。
 なお、「~そじ」の形の各年齢の名称は、以下の通りである。

20歳:二十路(ふたそじ)/30歳:三十路(みそじ)/40歳:四十路(よそじ)/50歳:五十路(いそじ)/60歳:六十路(むそじ)/70歳:七十路(ななそじ)/80歳:八十路(やそじ)/90歳:九十路(ここのそじ)

 100歳以上の人の人口が、2017年9月15日に厚生労働省が発表した調査によると6万7824人だったそうだが、百歳以上には「~そじ」という言い方はなさそうである。だが、今後ご長寿のかたが増えると、110歳を「ももひとそじ(百一十路)」などと呼ぶようになるのかもしれない。

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番組HPはこちら→http://www.tbs.co.jp/konosa/

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