日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第388回
「私服」ってどんな服?

 パーティーの招待状に、「なお当日は私服でおいでください」と書かれていたとき、皆さんは何を着て行くのだろうか。私もそうだが、かなり悩むのではないか。フォーマルウエアだって、スーツなどの仕事着だって、ふだん自宅で着ている服だって、みんな自分の服なので、どれも私服ではないかと思う人もいるかもしれない。
 『日本国語大辞典(日国)』で「私服」を引いてみると、以下の2つの意味が記載されている。

 「制服や官服に対して、個人の立場で着る衣服。」
 「『しふくけいじ(私服刑事)』の略」

 ほとんどの国語辞典もこれと同じであろう。つまり、「私服」とは「制服」に対する語だったのである。それもそのはずで、『日国』によれば、「私服」という語は「軍隊内務書」(1924年)の例が最も古く、以下のような内容なのである。

 「各自の私服は聯隊長の許可したるものの外成るべく本人より附添人に渡さしめ」(第261)

 「軍隊内務書」は、日本陸軍の軍隊内における日常生活を規定し、さらには連隊内の各職員の職務権限と諸勤務の内容を定めた規則書である。「私服」という語がこのときに生まれたわけではなかろうが、制服との関連で生まれたことは確実である。「私服刑事」も制服ではない、個人の服を着て勤務する刑事のことである。
 なお、ほとんどの国語辞典は「私服」は「制服」に対しての意味としていると書いたが、実は『三省堂国語辞典』だけは「ふだん着」という意味を載せ、「会場には私服でおこしください」という例文を添えている。
 つまり、いつごろからは不明ながら、「私服=ふだん着」というとらえ方が生まれたということである。ただ、ふだん着とまったく同義かというと、必ずしもそうではなさそうだ。ふだん着はジャージー姿だという人もけっこういるであろうから。もちろん人前に出るときに、そのような姿で行く人はいなかろうが。パーティーに招待する側も、いくら何でもそこまでは想定していないはずだ。
 おそらく、招待状などにある「私服」とは、ふだん出掛けるような服という意味で使っているのだと思われる。だとすると、その「私服」の意味は、ほとんどの辞典には載っていないということになる。
 この「私服」と同じような意味で使われる語に「平服」がある。そして、このような招待状などで使う語としては、「平服」の方がふさわしい気がする。
 「平服」も「ふだん着」同様、平常着る衣服のことだが、特に儀式などの晴れの場で着用する服(「礼服」)に対する語である。つまり「平服」↔「礼服」という関係になるだろう。
 『大辞泉』でこの「平服」を引いたら、こんな「補説」が添えられていた。

 「冠婚葬祭の招待状などで『平服でご出席ください』とある場合は、ふつう略礼装またはそれに近い服装を指し、カジュアルウエアは含まない。」

 まさにそういうことなのだと思う。

キーワード: