日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第425回
へそは噛(か)まないのか?

 「へそ」とは、もちろんお腹の中心にある小さなくぼみ、へその緒の取れた跡のことである。なぜその部分を「へそ」と呼ぶのかというと、もともと同じ意味の「ほぞ(古くは「ほそ」)」という語があり、それが変化したからという説がある。だが、どちらも平安時代から使用例があるものの、語源は定かではないと言った方が無難なようだ。漢字ではともに「臍」と書く。
 現在では、この人体の腹部のくぼみは「ほぞ」ではなく「へそ」と呼ばれることの方が多いのだが、これらの語を用いた慣用表現の中には、「ほぞ」が残っているものもある。例えば、「ほぞを噛む(=後悔する)」「ほぞを固める(=覚悟を決める)」などである。おそらくこれを「へそをかむ」「へそを固める」と言うと、誤用だと言う人も多いのではなかろうか。私のパソコンのワープロソフトも、「へそをかむ」は反応しないのだが、「へそを固める」と入力すると、《「ほぞを固める」の誤用》と表示される。
 ところが、「へそをかむ」「へそを固める」は、古い辞書類にはちゃんと載っているのである。『故事俗信ことわざ大辞典 第2版』(小学館)によれば、「へそをかむ」は『尾張俗諺(おわりぞくげん)』(1749年)、「へそを固める」は『日本俚諺大全』(1906~08年)にあるという。『尾張俗諺』は尾張地方のことばを収録したものなので、方言、俗語という可能性もあるが。だが、これをどのように考えるべきなのであろうか。
 「へそをかむ」も「へそを固める」も、私には今のところ文献での使用例は見つけられないのだが、国会会議録検索システムを見ると多くはないが、どちらの例も見つかる。

 前者は、
 「私どもはかって研究のために金を惜んだことを、今になってへそをかんで悔いております」(第26回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第40号 昭和32年5月17日)

 後者は、
 「歴代政府の今日まで沖縄島民に対する態度を見ますと、一体へそを固めておらぬ」(第22回国会 衆議院 法務委員会 第16号 昭和30年6月9日)

というものである。
 口頭で述べる場合、今では「ほぞ」よりも「へそ」の方が一般的なので、つい「へそ」と言ってしまったのかもしれない。
 もちろん私も、「ほぞをかむ」「ほぞを固める」が、本来の言い方であるということに異存はない。だから、通常は「ほぞ」を使う方がいいと思うし、ましてや文章に書くときは「ほぞ」と書くべきだと思う。
 だが、口頭でつい「へそ」と言ってしまったとしても、誤用だとは言い切れない気がするのである。

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