日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第481回
「ええ(と)」「あの(う)」は大事なことば!

 書きことばとしては使わないが、会話の中では多くの人が使っているはずのことばがある。「ええ(と)」「あの(う)」といったことばである。多くの場合、すぐに次のことばが出なくて考えているときや、次のことばへのつなぎとして、ことばの初めや中間にはさんで使われる。
 これらのことばは、「場つなぎ表現」などと呼ばれているが、国語辞典では感動詞として扱っている。
 このような「場つなぎ表現」は、たとえば同じ「ええ」と言うのでも、「え」と短く言ったり、「えーっ」と少し伸ばして言ったりと、使う人や、使う場面でさまざまだろう。
 一見必要のないことばのようだが、話しことばの中では、けっこう効果的に使われている気がする。よく、「えーっ、本日はお日柄もよく」と、人前で挨拶をするときに冒頭で言う人がいる。最初に「えーっ」と発声した方が、人に聞いてもらえそうな気がするから、実に不思議なことばだ。
 これらのことばを国語辞典に載せるかどうかは編集者の判断によるのだが、どの辞典もわりあい積極的に載せている気がする。ことば自体に意味がなくても、日本語の中でしっかりと機能しているという判断だと思う。
 たとえば、『日本国語大辞典(日国)』では、「え」「ええ」「ええと」「あのう」「そのう」といった語が立項されている。ほとんどが、次のことばがすぐ出ないときや、言いにくくてためらうとき、人に話しかけるときに発することばといった説明がなされている。
 興味深いのは、そこで引用されている用例である。

【え】「滑稽本・浮世床」「人情本・春色梅児誉美」「浮雲〈二葉亭四迷〉」
【ええ】「滑稽本・酩酊気質」「滑稽本・浮世床」「吾輩は猫である〈夏目漱石〉」
【ええと】「滑稽本・浮世床」「浮雲〈二葉亭四迷〉」「吾輩は猫である〈夏目漱石〉」
【あのう】「滑稽本・浮世風呂」「人情本・春色梅児誉美」「浮雲〈二葉亭四迷〉」
【そのう】「浮雲〈二葉亭四迷〉」

 語は違っても、引用されている例は、ほとんどが同じ作品ばかりなのだ。
【ええ】の『酩酊気質(なまえいかたぎ)』と『浮世風呂(うきよぶろ)』は、他の語の例と重複していないが、いずれも『浮世床』と同じ式亭三馬(しきていさんば)(1776~1822年)作の滑稽本である。
 用例を引用した作品が重複しているからといって、ことばの採取に手抜きをしたわけではない。これらの作品だけしか使用例がない、ということでもない。いずれも江戸時代の代表的な文学作品で、こうした滑稽諧謔を旨とする滑稽本や、江戸市民の恋愛や人情の葛藤を描いた人情本は、登場人物の会話がそのまま描かれていることが多いので、この「場つなぎ表現」が頻出しているということなのである。
 庶民の会話をこのように正確に写し取ったこれらの先品は、江戸時代後期に生まれたものだが、その時代の口語を知る上で、貴重な資料となる。そして、それから、私たちが使っている「場つなぎ表現」がこの時代にも使われていたことがわかるわけである(この時代に「場つなぎ表現」が生まれたという意味ではない。念のため)。
 そして明治以降の用例が、二葉亭四迷『浮雲』、夏目漱石『吾輩は猫である』というのも面白い。『浮雲』はご存じのように、言文一致体で描かれた、日本最初の本格的写実小説である。『吾輩は猫である』も苦沙弥先生の飼猫「吾輩」の眼を通して、その家や出入りする変人たちの言動をユーモラスな筆致で写し取り、批判、風刺した作品である。
 いずれの作品も、「場つなぎ表現」が効果的に使われている。
 このような表現は、使いすぎると話が幼稚に聞こえたり、たどたどしく感じられたりするが、適度に使いこなせば、逆に会話に自然に聞こえる効果がある気がする。

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