「きぬぎぬ(後朝)」ということばをご存じだろうか。男と女がおたがいの衣を脱いで、重ねてかけて共寝をした翌朝、それぞれの衣を取って、身につけて別れることをいう。
「七月ばかり」は、この「きぬぎぬ」の情緒をテーマにして、一幕物の劇のように仕立てた段である。
七月(これは陰暦、いまでいえば初秋)、まだ暑さもきびしいので、戸も格子もすっかり開けたまま夜を明かすのだが、満月の夜などはふっと目覚めて、ま昼のような明るさに胸ときめかすこともある。闇の夜もおもしろく、空に有明の月の白く残る夜明けの情趣ときたら、これはもう最高――と、ここまではナレーションの感じである。
さて、ここで幕が開く。舞台の空には有明の月。秋霧がたちこめている。
とある局の、開け放たれ、御簾だけかかった部屋に、一人、朝寝をしている女がいる。恋人の男はもう帰ったのだろうか。ぐっとカメラが迫るように、女の様子はこまやかに描写される。
女が頭からひき被っているのは、薄紫の、裏は濃紫の、砧でつやを出した打衣。その衣は、かすかに色が褪せている。もしくは、濃い紅色の打衣の、まだ着くたびれてないのでもいいかな。
女が肌にまとっているのは、ほんのり黄を帯びた薄紅色の香染か、もしくは黄生絹のいずれも単衣。軽くて薄い夏衣だ(打衣も単衣も、あれかこれかと色を変えているところ、劇の絵コンテの手法のようだ)。
紅の単衣袴の腰紐が、打衣の下からのびているのを見れば、共寝の名残かと思われて、なまめかしい。
また、打衣からはみ出した黒髪が、ゆるやかにたたまれて波うっているのを見ると、その髪の、そして、髪の持ち主の美しささえ推しはかられる。
――この場を通りかかった男がいる。やや赤みがかった藍色の指貫をはき、香染の狩衣は肩脱ぎし、寝乱れたびんの毛は烏帽子におし入れた朝帰り姿。男は女の部屋の前に足をとめた――
(続く)