うつくしきもの 枕草子

うつくしきもの 枕草子

第十二回 (あかつき)に帰らむ人は

2011.11.22

きぬぎぬの男二態――理想と現実

 前回の「七月ばかり、いみじう暑ければ」の段で、「きぬぎぬ(後朝)」について語った。
 この段は、その「きぬぎぬ」に、しゃれた別れかたのできる上等の男と、まるっきりだめな男を、対照的に活写して、興味しんしん、なかなかの見ものの段である。
 書き出しの部分で、清女は「きぬぎぬの男のあるべき姿」について、一席ぶつ。
 明け方、女の(もと)から帰るときの男は、服装なんかきちんとしてなくていいし、烏帽子(えぼし)(ひも)元結(もとゆい)にしっかり結びつけたりしなくてもいいんじゃない、って私は思うわ。だらしなく、ぶかっこうに、直衣(のうし)狩衣(かりぎぬ)なんか、ゆがめて着てたって平気じゃないの。あまり、ピシッときめてたら、かえっておかしいわ。第一、そんな薄暗がりの中で、誰が見て、笑ったり、けなしたりするっていうの。
 男にとって、きぬぎぬの別れに、いちばん大事なのは、こまやかな愛情が感じられるかどうかということよ。
 この最後のことばを、彼女はとくに声を大にして言うのだ。
 そこで、まず、上等の男のしゃれた別れかたを、精細に描き出す。
 なんだかむやみに起きしぶって、床を離れたくない様子の男を、女は無理に起こす。自分は帰りたくないのに、女が帰させるような形へと、うまく持っていく、高級テクニックである。
 「とっくに夜が明けてるわ」
 「お寝坊ね。みっともないこと」
 起こされて、男はふーっとためいきをつく。そんな男は、女の側から見れば、まだ名残(なごり)がつきず、帰るのが心底つらそうに見えるのだ。
 やっと起きても、指貫(さしぬき)などもすぐにははこうともせず、女に寄り添って、ゆうべの睦言(むつごと)の残りを、その耳にささやくのだ。何をしているかわからないような、ぐずぐずした様子に見えながら、そのくせ、いつのまにか帯なんかも結んでいるようだ。格子を上げ、妻戸のあるところは、そのまま、女の肩を抱いて外まで連れていき、
 「夜までの時間が待ち遠しいだろうな」
 などと、なおも甘いことばを口にしながら、すべり出ていくような男なら、女のほうも別れが惜しまれて、いつまでも、その後ろ姿を見送る、ということにもなるであろう。そんな彼のしぐさやことばが、忘れがたく心に残って……。
 つまり、この上等男の場合は、そのみごとなわざを駆使して、恋と日常との間をおぼろげにすることによって、女を夢見ごこちのなかに置くことができるのである。