あんなに憎んでいるのに、なんの手紙かしら、と思ったけれど、どんな手紙にせよ、人の前なんかで見たくはない。「お帰り。後で返事するわ」と言って、その手紙をふところに入れて、そのまま女房たちの話を聞いていると、さっきのお使いはすぐにひっ返してきて、こう言うのだ。
「後で返事なんて言うのなら、さっきの手紙を返してもらってこい、という仰せです。さあ、さあ、お返事を」
開いてみると、青い
「蘭省花時錦帳下(
さあ、この
と書いてあるではないか。
知恵試しの謎かけだ。この一句は『
まあ、どうしよう。知ってますとも、と言わんばかりに、漢字七文字をそのまま、たどたどしい字で並べたててもみっともない。中宮様にご相談したら、すてきなお知恵をいただけるのに、もうおやすみだし、こまっちゃったわ。
案じている間も、「さあ、お返事、お返事」と矢の催促である。
ああ、あれでいこう。清女の胸にとっさにひらめいたのは、『
草の
この句に答えた
である。
もともと、『白氏文集』の「蘭省花時錦帳下、廬山雨夜草庵中」の二句は、「都の花のさかり、男たちは天子のお傍近く、錦の帳の下でときめいているが、私は廬山のふもとの草庵の中で、雨の夜もひとりぽっち」という意味である。公任とたかただの連歌も、その境地にそっくり。それに、公任のその句は、みんなも知っている。その句を借りよう。
これだけのことが、瞬時といえるほどの早さで、清女の頭にひらめいたのだった。
清女は、斉信のよこした青い
草の庵を誰かたづねむ
これなら、使った紙の趣味のよしあしも、筆跡の
どんな返事がくるか、楽しみだったが、なんの
「草の庵さん、いますか」
さては、斉信さん、私の返事を皆に見せたな、とピンときたが、彼女はすこしおどけてこう返した。
「まあ、草の庵なんて、そんな貧乏くさい者がいるもんですか。『
(原文には省いたが、宣方は、ここで、昨夜の一部始終を語りはじめる。斉信が、清女の返してきた青い薄様をひらいて見て、あっ、と叫び、「これだから絶交なんかできないんだよな」と言ったこと、皆も大さわぎして、「これはいついつまでも語り伝えるべき話だ」とほめそやしたことなど、述べ立てるのだが、清女は冷静を保っている。内心は、どんなにかホッとし、喜んだことだろう、と思うが。
この後、別れた夫、
この後、斉信は袖の几帳もとりはらって、機嫌を直されたということである。