第354回
「斟酌」と「忖度」

「忖度」という語が、すっかり流行語のようになってしまった。
 だが、「忖度」には第352回で書いたように、他人の心を推し量るという意味しかなく、現在話題になっているような、推し量ったうえでさらになにか配慮をするという意味はない。
 もし、配慮をするという意味まで含んだ語をどうしても使いたいというのなら、「斟酌(しんしゃく)」のほうがしっくりいくのではないかと思う。
 ただしこの「斟酌」も、本来の意味からどんどん離れて、新しい意味が付け加わっていった語なのである。そういった意味でも「忖度」と非常によく似ている。
 どういうことかというと、「斟(しん))」も「酌(しゃく)」も水や酒などをくむという意味なので、「斟酌」はもともとは酒などをくみかわすという意味の語であった。だが、これがやがて、先方の事情や心の状態をくみとるという意味に変化していく。『日本国語大辞典』(『日国』)ではその意味で使われた近代例として、夏目漱石の『坊っちゃん』のものを引用している。

 「どうか其辺を御斟酌になって、なるべく寛大な御取計を願ひたいと思ひます」

 ここでの「斟酌」は心情を推し量るという意味だけなので、さらに推し量ったうえでの寛大な取り計らいを頼んでいるのである。
 ところが「斟酌」の意味はさらに変化をし続ける。ほどよくとりはからう、気をつかう、手加減することという意味で使われるようになるのである。ちょうど今「忖度」で起きている現象が、「斟酌」でもある時期に起きていたわけである。この意味で引用されている『日国』の用例は、古典例ばかりでちょっとわかりにくいのだが、島崎藤村の『破戒』という小説に以下のようなちょうどよい例がある。

 「そこは県庁でも余程斟酌して呉れてね、百円足らずの金を納めろと言ふのさ。」

 この「斟酌」にはほどよく取り計らうという意味もあるので、今話題になっている新しい意味が付け加わった「忖度」と置き換えても、何の違和感もなさそうである。
 「斟酌」という語が面白いのは、これで新しい意味への変化が終わらなかったことである。どのようなことかいうと、言動をひかえ目にすること、遠慮すること、辞退することといった意味で使われるようになるのである。『日国』では、この意味の近代の例として正宗白鳥の『泥人形』(1911年)の、

 「斟酌なく御指導被下度願上候」

 という例を引用している。遠慮なくご指導くださいとお願いしているのである。
 だが『日国』によると、さすがにこの意味になると、本来の用法から外れたものであるという規範意識から、誤用だという指摘も古くからあったらしい。今まさに「忖度」の新しい意味に対して多くの日本語研究者が指摘しているのと同じ状況である。
 私たちは、まさに「忖度」が「斟酌」と同じような意味の変化を起こしている現場に居合わせているのかもしれない。ことばの世界も歴史は繰り返すということなのであろうか。

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